| 風の行く先 第二章 |
| 「あー、もう終わりにしよう、終わりに!」 向かいの席で書類から顔をあげてブレダが言う。ぐるぐると肩を回し首を鳴らしてブレダはうんざりとしたため息を零した。 「朝から一日書類書類で嫌んなっちまうよな。いい加減事件でも起きねぇかなぁ」 「そんな事言って、事件が起きたら起きたで文句言うくせに、勝手だなぁ」 「人間てのは勝手な生き物なんだよ」 クスクスと笑って言うハボックにブレダがツンとすまして言う。机の上に広げた書類をガサガサと纏めて抽斗に放り込んで言った。 「ほら、お前ももう終わりにして、今日は飲みに行こうぜ、ハボ」 「そうだな。ブレダがお待ちかねの事件が起きたらそれこそ飲みに行く時間もなくなっちゃうしな」 「んだと、このっ」 ニヤニヤと笑って言えばブレダが机に乗り出すようにして定規でつついてくるのを笑ってよけながら、ハボックは書類を重ねてファイルに挟む。挟んだファイルを他のファイルと一緒に机の上に立てかけた時、ガチャリと執務室の扉が開いてロイが出てきた。 「あ……大佐」 「賑やかだな、仕事は終わったのか?」 ロイは言って部下たちをグルリと見回す。 「終わったのなら貴官らもさっさと帰って夜を楽しみたまえ」 じゃあな、とにっこりと笑ってロイは司令室を出ていく。お疲れさまでしたとその背を見送って、ブレダが言った。 「ありゃデートだな」 「えっ?」 「自分がデートに出かけるもんだから、俺たちにもさっさと帰れって言ったんだろ。いいよなぁ、どうせまたどこかの美女が相手だぜ」 羨ましいと騒ぐブレダの声を聞きながら、ハボックはロイが出ていった扉を見つめる。にっこりと笑った顔を思い出して、ハボックはギュッと手を握り締めた。 (デート……綺麗な女の人と、大佐が) そう思っただけで胸が締め付けられたように苦しくなる。ハボックが震える吐息をそっと吐き出した時、ブレダの声が聞こえた。 「おい、ハボック。俺たちも出かけようぜ。美女どころかデートの相手もいない者同士やけ酒だっ」 「そ、そうだな」 行くぞと司令室を出ていくブレダの後を追って、ハボックは胸の痛みを押し隠して司令室を後にした。 「じゃあな、寝坊して遅刻するなよ」 「ブレダこそ」 分かれ道でおやすみと手を振って、ハボックはブレダと別れて歩き出す。ポケットに手を突っ込み折角の長身を背を丸め足下を見つめて、ハボックはアパートに向かって歩いた。 今日の酒はちっとも酔いを運んではくれなかった。ブレダと他愛のない会話を交わしながらも頭に浮かんでくるのはロイの事ばかり。笑みを浮かべて帰っていったロイを思い浮かべれば、今頃はどこで誰と一緒にいるのだろうとそんな事ばかりが気になってどうにも止まらなかった。 (この間は確か最近人気のオペラ歌手だったっけ) 出先から直帰するというロイを送っていったのはイーストシティでも一、二の規模を争う劇場だった。そこで上演されている舞台を観て、その後その舞台の主演を務めるオペラ歌手と食事をするのだと言っていた。 『舞台での彼女は勿論魅力的だが、実際に会うと本当に素晴らしい女性だよ』 そう言って大きな花束を腕に抱えて劇場の中へと消えていったロイの背を、ハボックは泣きたい気持ちで見送ったのだ。今日もまたその歌手と一緒なのだろうか。それともまた別の? 「くそ……ッ」 クシャリと顔を歪めてハボックは道端に転がった空き缶を蹴飛ばす。カンッカラカラと乾いた音を立てて飛んでいった空き缶を睨みつけて、ハボックは一つため息をついた。 ロイが誰とデートしようとそれはロイの自由だ。そうは判っていてもロイが好きな身としては沸き上がる嫉妬を抑えることなど出来ない。ハボックは丁度見えてきたアパートの階段を駆け上がると自室の鍵を開け中に飛び込んだ。そのまま浴室に直行すると服を脱ぎ捨て奥へと入る。冷たい水のままシャワーを出してその下へ頭を突っ込んだ。 「くそ……ッ」 お門違いの嫉妬心を流してしまおうとしたが上手く行かない。冷たい水は却って己の中で燻るロイへの熱い恋心を際だたせて、ハボックは苦しげに息を吐き出した。 「たいさ……ッ」 ロイが好きで好きで堪らない。自分がこんなにロイを想っている間、ロイは誰とどうしているのだろう。 「嫌だ……そんな女に触んないで」 不意にロイがあのオペラ歌手と一緒にいる姿が浮かんでハボックは激しく首を振る。ロイに微笑みかけられキスされる女性に己の姿を重ねたハボックは、壁に寄りかかり中心に手を伸ばした。 「たいさ……」 ロイの舌先を迎え入れるように唇を薄く開いて舌を蠢かせる。それと同時に楔に絡めた指をゆっくりと動かし始めた。 「ん……ぅふ……たいさァ……」 ロイの幻と深く唇を合わせ舌をきつく絡め合う。ゆっくりだった手の動きが段々と早くなるにつれ、ハボックの中心は高々とそそり立ち密を垂らし始めた。 「あ……んっ……たいさ、好き……」 そう囁けば瞼の裏に浮かぶロイが笑う。『ハボック』と低く呼ぶ声が脳裏に木霊して、ハボックの背をゾクゾクッと快感が走り抜けた。 「アッ、たいさッ────ア、アアアッッ!!」 高い嬌声を上げてハボックは背を仰け反らせる。ビュクビュクと浴室の床に熱を吐き出して、ハボックはビクビクと体を震わせた。 「は……たいさ……」 ハアハアと息を弾ませてハボックは浴室の壁に凭れる。一過性の熱が過ぎ去れば、後に残るのはロイに対する罪悪感だった。 「大佐、オレ……」 こうしてロイを想い描いては欲を吐き出し後悔に苛まれるのは一体何度目だろう。何度繰り返してもやめられず、繰り返す度ロイへの想いは大きくなっていく。 「好き……好きっス、大佐……」 冷たいシャワーの水に打たれながら、ハボックは押さえきれないほどに大きくなったロイへの想いを抱き締めて嗚咽を零した |
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