風の行く先   第五十章


 司令室を飛び出した勢いのままハボックは廊下を早足に歩いていく。ロイとの短い会話を思い出せば自然と顔に笑みが浮かんだ。
『期待してるよ、ハボック』
 怪我をして長いこと休んでしまった自分を外すことも出来るのに期待していると言ってくれた。それだけでもう、なによりも嬉しくて頑張れると思えた。
「期待に応えなくっちゃ!」
 ハボックは自分に言い聞かせるように呟くと丁度辿り着いた射撃場の扉を開ける。まだ誰もいない部屋の中程へ進むとイアーマフを耳に当てた。腰のホルスターから銃を引き抜く。入院中、傷も癒えてくれば時間を持て余して入念すぎるほどに手入れした銃だ。ハボックは綺麗に磨かれた銃を優しく撫でると、目の前の的に向かって両手で銃を構えた。
「────」
 一度そっと目を閉じゆっくりと息を吸い、吐き出す。パッと目を開けた次の瞬間、構えた銃の引き金を引いた。
 ガウーンッ!
 と、まだ朝早い射撃場の中に銃声が響く。穴が開いた的を見て、ハボックは眉を下げた。
「やべぇ、こんなんじゃ大佐の護衛云々言う前に中尉にボコられる」
 自分と同じようにロイの背中を護り彼の力になると誓ったホークアイだ。入院中のブランクなどという言い訳は絶対に赦してくれないだろう。
「大佐にだってこれからバリバリ働くって言っちゃったし、マジで勘を取り戻さないとッ!」
 なにより自分がロイの側にいる意味はロイを護り力になること以外ないのだから。
「くそッ、集中しろ、集中!」
 ハボックは両手で頬をパンパンと叩くと、銃を握りなおして的に向かって引き金を引き続けた。


「おはようございます!」
「おはようございます、大佐」
「ああ、おはよう」
 始業時間が近づき、部下達がぞろぞろと司令室に入ってくる。開け放ったままの執務室の扉越し、朝の挨拶を寄越す部下達にロイは答えてファイルを手に立ち上がった。
「夜勤、お疲れさまでした。夕べは静かだったみたいですね」
 夜勤を代わった上官にフュリーが笑みを浮かべて言う。
「退屈で寝てしまいそうだったよ」
 軽く伸びをしてそう答えたロイの耳に心配そうなブレダの声が聞こえた。
「ハボの奴、まだ来てないんですか?今日からでしたよね。まさかまだどっか痛むとか言うんじゃないだろうな」
「えっ?でも、ブレダ少尉、退院の手伝いに行ったんでしょう?その時はもう元気だったんじゃないんですか?」
 休んでいたときのまま綺麗に片づけられた机を見て言葉を交わす部下達にロイが言う。
「ハボックなら朝早くに来てもう訓練に行ったぞ」
「訓練に?もう?」
 ロイが言うのを聞いて、ブレダ達は壁の時計を見た。
「早いな。もう訓練って、大丈夫なのか?アイツ」
「やる気満々ですね」
「長く入院されてましたから、早く勘を取り戻そうとされてるんじゃないですか?」
「大佐、あんまり無理するなって言ってやって下さいよ。退院して間もないんだし、徐々に体を慣らさないと怪我しますよ」
 友人を心配してそう言うブレダをロイはジロリと見遣る。その言葉の裏側に自分にはない古い友人としての親しさを感じて、ロイはつっけんどんに答えた。
「ブランクがあるんだ。訓練に励むのは当然だろう?それに自分からもう訓練に行くと言って飛び出して行ったんだからな」
「いやまあ、それはそうですけど……。すぐ無茶するからなぁ、アイツ」
 ボソリと呟くブレダの声に神経を逆撫でされて、ロイは手にしたファイルを叩きつけるように机に置く。
「特別変わったことはなかった。通常の引継事項はここに書いてある」
「あ……っと。お疲れさまでした、大佐」
「お疲れさまでした!」
 短く言って司令室を出ていく夜勤明けの上官にブレダ達が慌てて声をかけた。その声を遮るようにバンッと司令室の扉を閉めてロイは大きく息を吐き出した。
「つまらん焼き餅だな」
 胸をチリチリと妬くのはハボックと親しい友人であるブレダに対する妬心だ。ハボックが復帰してきた途端これではこの先自分はどうなるのだろう。
「くそ……ッ」
 ロイは口の中で己を罵ると一つ頭を振ってゆっくりと歩きだした。



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