風の行く先   第四十九章


「ふふ、久しぶりっ」
 青い軍服に袖を通してハボックは小さく笑う。軍服を着てこんな風に嬉しいと思ったのは士官学校を卒業して初めて着た時以来だと、ハボックはなんだかおかしくて堪らなかった。
「よし、行くぞ!」
 ハボックはパンッと軍服の胸を叩いて気合いを入れるとアパートを出る。見上げた空は雲一つなく晴れて、再出発にはうってつけの天気だと思えた。弾む気持ちに任せて歩いていけばあっと言う間に司令部についてしまう。早くに目覚めて早々にアパートを出てきてしまったので、司令部の中はまだ夜勤の職員との引継ぎもすんでいないような状況だった。
「流石に早すぎたかな」
 自分の張り切りすぎがちょっぴり照れくさくて、ハボックは背の高い背中を丸めて廊下を歩いていく。昨日の夜勤は誰だったのだろうと思いながら、ハボックは辿り着いた司令室の扉を勢いよく開けた。
「おっはよーございま……す……」
 開いた扉の向こう、窓際に佇む人影に向かってハボックは元気に声を張り上げる。だが、それがブレダ達同僚ではなく上官だと気づけば、元気いっぱいの声が尻すぼみになった。
「おはよう、ハボック。元気いっぱいだな」
 そんなハボックに振り向いたロイが言う。窓辺で微笑むロイを見るうちハボックの顔に満面の笑みが浮かんだ。
「おはようございます、大佐!長いこと休んですんませんでした!」
 ハボックは言って深々と頭を下げる。ピョンと勢いよく下げた頭を上げてピッと敬礼した。
「でも、今日からはバリバリ働きますから!大佐の護衛も任せて下さい!」
「ああ、期待してるよ、ハボック」
「ッ、はいッ!」
 笑みを浮かべたロイがそう言うのを聞いてハボックは顔を輝かせて頷く。小さな子供が先生に言われたかのような表情にロイはクスリと笑って言った。
「張り切ってくれるのはいいが、その前にしっかり訓練して勘を取り戻せよ。私の護衛もそれからだ」
「あっ、はいっ、勿論っス!じゃあ早速訓練行ってきますねッ!」
「おい、ハボック!そんなに慌てなくても────」
 引き留める間もあらばこそ、ハボックはついさっき入ってきた扉から飛び出していってしまう。大きな音を立てて閉まった扉を見つめて、ロイはやれやれとため息をつくと執務室へと入った。ゆっくりと窓辺に近づき晴れ渡る空を見上げる。そうすれば明るく笑うハボックの顔が思い浮かんだ。
「元気だな、変わってない。よかった、というべきなんだろうな……」
 退院したハボックが今日から仕事に復帰すると聞いて、ロイは夜勤だというフュリーと半ば強引にシフトを代えた。ハボックの事だからきっと張り切って早くから来るだろうと思ったし、ロイは帰ってきたハボックを誰よりも早く迎えてやりたかったのだ。
『今日からはバリバリ働きますから!大佐の護衛も任せて下さい!』
 元気いっぱいそう宣言したハボック。期待していると頷けば子供のように嬉しそうに笑ったハボックが可愛いと思うと同時にほんの少し寂しかった。
「抱いてやるから忘れろと言ったのは私だ」
 そんな酷いことをした自分をハボックは見限るどころかこれからも背中を護ると言ってくれている。だが。
『大佐が好きなんです』
 あの時のように熱い想いのこもった瞳で見つめてくれることはもうないのだろうか。自分が言ったように一夜限りの関係で、彼の自分への想いは綺麗さっぱりなくなってしまったのだろうか。
「もう一度あの時のように言ってくれたら」
 そうしたら今度は突っぱねたりせずに優しく抱き締めてやれるのに。
「なにを勝手なことを……」
 浮かぶ考えのあまりの身勝手さに、ロイは苦く笑って窓にかかるブラインドを閉めた。



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