風の行く先   第四十三章


「おー、ハボック!見舞いに来てやったぞ!」
 ノックの音に続いて開いた扉から陽気な声が飛び込んできて、ハボックは窓の外へ向けていた視線を扉の方へと向ける。ブレダに続いてフュリーとファルマンも病室に入ってきたのを見て、ハボックは笑みを浮かべた。
「ブレダ。フュリーとファルマンも。わざわざ来てくれたのか」
「ハボック少尉、お元気そうでよかったです!」
 フュリーが眼鏡の奥の目を細めて笑う。
「思ったより顔色がよくて安心しました」
 ファルマンも続けて言うのに、ハボックは笑みを浮かべた。
「うん、おかげさまで。迷惑かけてごめんな」
 ぺこりと頭を下げるハボックにフュリーが慌てて顔の前で両手を振る。
「迷惑だなんて!そんなこと全然ありませんよ」
「でも、余計な仕事増えてんだろ?」
 そう言うハボックにブレダが答えた。
「まあ、迷惑かけてるとしたら主に俺にだな」
 同じ少尉であり小隊を預かる身だ。小隊長のハボックが不在であればロイの部下として協力して小隊を動かす機会が多いブレダにしわ寄せが行くのは致し方のないところだった。
「え?ブレダに?だったらいいや」
「なにィ?俺にだったらいいってそいつはどういう意味だッ?」
 悪戯っぽく言うハボックにブレダがのし掛かるようにしてその金髪を掻き混ぜる。容赦のない友人の仕打ちに、ハボックが「イテテ」と苦痛混じりの悲鳴を上げた。
「怪我人になにすんだよ」
「どうせ大したことないんだろ?舐めときゃ治る」
「ひでぇ」
 フンッと腕組みして言うブレダにハボックが眉を下げれば病室が笑いに包まれる。一頻り笑いあった後、フュリーが持ってきた紙袋に手を入れて言った。
「お見舞い持ってきたんですよ。桃。お好きだと聞いたんで」
「マジ?大好物!病院食美味しくないからさぁ、すっげぇ嬉しい」
 フュリーが取り出した瑞々しい果実にハボックが顔を輝かせる。ブレダがナイフと皿を取りだしてフュリーから桃を受け取った。
「ではジャン君の為の俺が桃を剥いてやろう」
「ありがとう、ブレダパパ」
「だれがパパだ、お前みたいな可愛くない息子はいらん」
 イーッと歯を剥きながらもブレダはつるつると桃の皮を剥く。食べやすいよう一口サイズに切って、ブレダは皿をハボックに差し出した。
「ほれ」
「サンキュ、ブレダ」
 礼を言って受け取るとハボックは早速桃を口に運ぶ。口の中に広がる爽やかな甘みに嬉しそうに笑った。
「甘い!これ、凄い旨いよ」
「そりゃよかったな」
 満面の笑みを浮かべて言うハボックにブレダが答える。ハボックは一個分の桃をぺろりと食べてホッと息を吐いた。
「ああ、旨かった。幸せ」
「桃、本当にお好きなんですね」
「うん、大好き」
 フュリーに言われてハボックが笑って答える。空になった皿を残念そうに見つめるハボックにブレダが言った。
「早く元気になって退院すりゃ幾らでも食えるぜ」
「うん、そうだね」
 頷いたハボックは、少し躊躇ってから尋ねた。
「大佐は?どうしてる?」
「ん?大佐?そうだな、別に変わりないと思うけど」
「そうですか?何となく苛々してるような気がしますけど」
 ブレダの言葉にフュリーが続ける。
「今日だって会議から帰ってきた大佐に“お疲れさまでした”って言ったら睨まれましたもん」
「それは単に大嫌いな会議に出たからじゃねぇの?」
「そうかなぁ。それにしちゃ随分苛ついてるようにみえましたけど」
「そうなの?」
 首を傾げて言うフュリーにハボックが心配そうに言えば、ブレダがフュリーを軽く小突いた。
「病人を心配させてどうすんだよ────気にすんな、ハボ。大佐が機嫌悪いのは今に始まった事じゃないから」
 大佐のくせに仕事嫌いだもんな、とブレダが言えばファルマンとフュリーが確かに、と笑う。それでもどこか心配そうな顔をするハボックにブレダが言った。
「大丈夫だって。いざとなりゃ中尉もいるし。心配すんな」
「そうですよ。大佐のことは僕たちに任せて、少尉は早く怪我を治してください」
「二人の言う通りです、少尉」
「う……ん。そうだね、ありがとう」
 三人に代わる代わる言われてハボックが頷く。その後少し話せば面会時間の終了を告げる放送が流れて、ブレダ達は帰っていった。
「…………」
 三人が帰って急に静かになった病室でハボックはため息を零す。カーテンが引かれていない窓から外を見れば夜空に星が煌めいているのが見えた。
「大佐、苛々してんのか」
 その原因が何なのかは判らないが、疲れているならコーヒーの一杯でも淹れてやりたいと思う。苛々の原因を取り除く力になりたいと思う。
「早く元気になんなきゃ」
 ロイの背中を護ると決めたのだ。こんなところでのんびり休んでいる訳にはいかない。
「すぐ、帰りますから」
 ハボックはロイの瞳を思わせる星が輝く夜空を見上げてそう呟いた。


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