| 風の行く先 第四十章 |
| フュリーが届けてくれた換えの軍服に着替えたロイは縫いだ軍服を拾い上げる。ハボックの血に染まるそれをじっと見つめたロイは丁寧に畳んで袋の中に入れた。それからベッドサイドの傍ら、眠るハボックの側の椅子に腰を下ろした。 (ハボック……) 手を伸ばしかけて、一瞬躊躇うようにさまよわせた手で額にかかる金髪をそっと払う。髪を払った指先で空色の瞳を隠す瞼を撫でた。 (いつの間に私は) 初めてハボックに好きだと打ち明けられた時は正直信じられない思いで一杯だった。いつもは陽気で明るいハボックにその瞳に熱い想いを浮かべて見つめられても仰天するばかりで、とてもその想いを受け止めるなど考えられなかった。信頼していた気の置けない部下に性的な意味で好意を持たれていた事で裏切られたような気になったロイは、ハボックの想いを気持ちが悪いと切り捨てたのだ。その挙げ句。 (抱いてやるから忘れろなどと) 酷い言葉と態度で拒絶されてなお変わらぬ想いを込めて見つめてくるハボックに苛立ちを募らせたロイは、忘れることを条件にハボックを抱いた。その時はただハボックの想いにケリをつけさせるためと思っていたが、今考えてみれば真摯な気持ちを向けてくるハボックに無意識の内に惹かれ始めていたのかもしれない。必死にロイを受け入れようとする健気なハボックの様はその快楽と共にロイの心に深く刻まれて、気がつけばロイはハボックの事が気になって仕方なくなっていた。小隊の部下達がハボックと親しげに話すのを見れば酷く心がざわついた。奇妙な苛立ちがハボックに対する独占欲と芽生え始めた恋心だと、どうして気がつかなかったのだろう。 (最低だ。最低で最悪だ、私は) 失いかけて漸く自分の気持ちに気づくなどとロイは己を罵る。 (ハボック、私はお前のことが) 気づいて認めてしまえばこれまでの事が後悔となってズンと心にのし掛かって、ロイは深いため息をつくとそっと目を閉じた。 目元を擽る空気の動きにハボックは眠りの淵から引き戻される。だが、瞼は重くゆらゆらと夢と現の間をさまよっていると聞こえた深いため息にハボックは僅かに眉を寄せた。重たくてなかなか開かない瞼をなんとか持ち上げたハボックの瞳に見慣れない天井が映る。ここはどこだろうと視線だけ動かしたハボックは自分がベッドに横たわり何本も管を繋がれている事に気づいた。 (ああ、そうか、オレ……) 小学校の立てこもり事件。人質の生徒救出の作戦中、ロイに向けられた銃口を目にして考えるより早く犯人とロイの間に身を投げ出していた。焼けるような痛みに床に倒れ込んだまま動けずにいるハボックの瞳に怒りに駆られるままウィルソンに向けて手を突き出すロイと、恐怖に震える少年の姿が飛び込んできた。咄嗟に駄目だと叫んで、それからどうなったのだろう。 (大佐……大佐は……?) 肝心なときに動けなかった。もしロイに何かあったらとハボックは何とか動かせる瞳を動かして病室の中を見回す。そうすればベッドの傍らに引き寄せた椅子に座っているロイの姿が目に入った。 (大佐……怪我、してない……?) 目を瞑ってはいるものの怪我をしている様子はない。ロイの無事な姿を見てハボックは胸に広がる安堵にうっすらと笑みを浮かべた。 (よかった……ちゃんと護れたんだ……) なすべき事をなせた喜びにハボックは小さく息を漏らす。ロイの姿を見つめていればハボックはこれから自分が目指すべき道がはっきりと見えた気がした。 (そうだよ、オレが目指すのはこれなんだ。大佐の部下として大佐を護る、これがオレの役目) ロイの側に彼を護り支える部下としてあること。ロイの姿を見てハボックは改めて思う。 (もう迷わない。オレはこの人をずっと支える部下になる。一番信頼して貰える部下になるんだ) ハボックはロイの横顔を見つめて、心に固く誓った。 |
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