風の行く先   第三十七章


「発火布がないと何も出来ないと思われるのは心外だな」
 ロイはそう言いながら手袋を手から引き抜く。手を離せば支えを失った手袋はひらりと舞って床に落ちた。
「ふふ、強がりを言えるのも最初のうちだけだ」
 ロイが発火布を外したのを見て、ウィルソンは勝ち誇ったような笑みを浮かべる。男の子の腕を掴んだままゆっくりとロイの方へ近づいてきた。
「まさかこんなところで貴様に復讐出来るとは思ってもみなかったぞ」
 ニタニタと笑いながらウィルソンは言う。ロイは何も言わず、間近に立つウィルソンの顔を真っ直ぐに見つめた。


 ロイがウィルソンとやり合うのを遠目に見ながらハボックは不安と恐怖に胸が潰れそうになる。だが、ロイの事よりも今はロイに与えられた任務を優先しなくてはいけない事もよく判っていて、ハボックは側に控える部下たちに言った。
「大佐がウィルソンを引きつけていてくれている間にオレたちはもう一人の犯人を捕らえて子供たちを救出する。手順は頭に入ってるな?────よし、行くぞ!」
 頷く部下達に手振りで作戦開始を告げる。ハボック達は犯人と子供達がいる教室の隣の教室へ入るとベランダへ出て、目的の教室のベランダへと次々と飛び移った。
「対象、窓から距離一メートル。背を向けておりこちらには気づいていないと思われます」
 部下の押し殺した声が耳に付けたコムから聞こえる。割れた窓の近くに控えたハボックは手を上げ指を三本立てた。
(3・2・1)
 立てた指を一本ずつ折りカウントダウンする。立てた指を全て折ると同時に部下を引き連れ教室へ飛び込んだ。
「な……ッ?貴様────」
 ウィルソン達の様子に気を取られてハボック達に一瞬気づくのが遅れた犯人に、反撃の隙を与えずハボックは犯人を昏倒させる。気を失った犯人の体が床に倒れて音を立てる前にその体を受け止めると、腕を背後に捻り上げてポケットから取りだしたテープで親指同士を縛った。声を上げられぬよう口にテープを貼った上で床に転がす。その間に部下達は足音を立てないよう教壇へと素早く進み、教卓の下に押し込められた子供達のところへ行った。
「もう大丈夫、今助けるからな。声を立てないで」
 部下の一人が口元に指を立てながらそう囁く。恐怖に凍り付いていた子供達を一人ずつ教卓の下から助け出し外へと誘導していった。
(よし。後はウィルソンが連れていった子だけだ)
 ロイが注意を引きつけていてくれるのを利用して挟み撃ちにすればいい。ここまでは作戦通りとハボックが教室の扉へと足音を忍ばせて近づいた時。
「ひゃああんっ」
「な……ッ?」
 教室の窓から助け出されようとしていた最後の子供の唇から掠れた泣き声が上がる。ハッとして振り向いたウィルソンと教室の扉の陰に潜むハボックは目がバッチリとあってしまった。
「貴様ッ!」
 喚くと同時に向けられた銃口からハボックは床に体を投げ出すようにして逃れる。ガウンガウンッと銃弾が床を転がるハボックを追いかけた。
「ウィルソンッ!」
 ハボックへと注意が殺がれる間に、ロイは自分に背を向けたウィルソンに思い切り体当たりする。その手が弛んだのを見逃さず、人質の男の子を引き離し手元に引き寄せた。
「マスタングッッ!!」
 バランスを崩しながらも背後を振り向いて、ウィルソンはロイに銃を向ける。だが、ウィルソンが引き金を引くより早くハボックの蹴りがウィルソンの背を直撃した。
「グハッ!」
 背中を強かに蹴られて、ウィルソンの体が吹き飛ぶ。そのウィルソンを追って教室から飛び出したハボックは、ウィルソンが吹き飛んだ先にロイ達がいるのを見て目を見開いた。
「しまったッ!」
 ハボックが叫ぶのとほぼ同時に、ロイは引き寄せていた男の子の体を遠くへ突き飛ばす。そうして吹き飛んだ勢いのまま襲いかかってくるウィルソンに向き直った。
「マスタングッ!!」
 だが、体勢が整うより一瞬早くウィルソンの体がロイにぶつかる。もつれ合うように床に倒れ込んで、二人はゴロゴロと床を転がった。
「大佐ッ!」
ウ ィルソンに狙いを定めようとして叶わず、ハボックは銃を構えたまま叫ぶ。圧し掛かるウィルソンの腹を蹴り飛ばしてロイが膝をついて立ち上がろうとすれば、バランスを崩しながらもウィルソンがロイに銃口を向けた。
「ッ!」
 咄嗟にあわせた両腕を顔と胸の前に立ててロイは急所への一撃を防ごうとする。激痛を予感して歯を食いしばったロイは、次の瞬間響いた銃声と目の前を過(よぎ)る影に目を見開いた。
「────ッ?!」
 ロイに当たるはずだった銃弾を受けたハボックの体がロイの目の前で床に頽れる。
「ハボックッッ!!」
 スローモーションのようなその動きを目にしたロイの唇から悲痛な叫び声が上がった。


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