風の行く先   第三十六章


 ロイは一人ゆっくりと廊下を歩いていく。コツコツと軍靴が響く音をわざと隠しもせず聞かせれば、教室の中から鋭い声が響いた。
「誰だッ!」
 その声がかつて聞いたことのある声だと判って、ロイは笑みを深める。教室の扉のすぐ側まで行くと、一度足を止めた。
「ここへは近寄るなと言った筈だッ!子供を殺されてもいいのかッ?!」
 教室の中から喚く声も何故だかお芝居のようで面白く感じながら、ロイはハボックたちが身を潜めている廊下の先へと視線を向けた。そうすればハボックが物陰から心配そうにこちらを見つめているのが見えた。
(ハボック)
 その空色が自分だけを見つめていることを確かめて、ロイは教室の扉に向き直った。
「誰だか知りたいのならそこから出てきたらどうだ?ウィルソン。それとも子供達を盾にしなければ怖くて堪らないか?」
「……ッ、んだとぅッッ!!」
 怒りに満ちた声が響いたと同時にガタガタと動く音がする。その物音に被さるように子供の悲鳴が聞こえて、ロイはすぐにも教室の中へと飛び込めるように身構えた。だが、ロイが中へ入る必要もなく教室の扉が乱暴に開く。そうして片手に銃をもう一方の手で男の子の腕を掴んだウィルソンが姿を現した。
「貴様……マスタングッッ!!」
 ロイの姿を確かめて、ウィルソンが怒りと恨みのこもった声でロイを呼ぶ。ワナワナと震えて、ウィルソンはロイを睨みつけた。
「マスタングッ、貴様のことを忘れたことはなかったぞッ!貴様のせいで俺は……ッ!!」
 ギラギラとその瞳を憎悪に燃え上がらせてウィルソンが怒鳴る。ロイはそんなウィルソンに肩を竦めて言った。
「私はここで来るまでお前のことなどすっかり忘れ去っていたよ。いや、ここに来て立てこもっているのがお前だと聞いてもすぐにはピンと来なかった。何年経っても愚かなのは変わらんな、ウィルソン。相変わらず弱い者を盾にしなければ戦うことも出来んとは」
 ロイはわざと嘲るように言って肩を竦める。そうすればロイを見つめるウィルソンの顔が怒りに歪んだ。
「な、んだと……ッッ、貴様ッ!!」
「今もそうして子供を盾にしている。違うとは言えんだろう?ウィルソン」
 そう言うロイの言葉にウィルソンが鬼の形相でロイを睨む。だが、次の瞬間、ニヤリと笑って言った。
「フン、その手にはのらんぞ、マスタング。そうやって俺を怒らせたら子供を解放すると思ったか?」
「ッ?!」
 ウィルソンがそんな事を言い出すとは思ってもみず、ロイは僅かに眉を寄せる。グッと唇を引き結んでウィルソンをみれば、ウィルソンがクツクツと笑った。
「むしろそんな風にのこのこと俺の前に現れた事を後悔させてやろう。さあ、マスタング!今すぐその手にはめた発火布を捨てて跪け!さもないとこのガキの頭に風穴を開けてやるッ!」
 そう叫んでウィルソンは男の子の頭にゴリと銃を突きつける。男の子の悲鳴を耳にして、ロイはウィルソンを睨みつけた。


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