| 風の行く先 第三十五章 |
| 「は?アンタなに言ってんスか?」 「聞いてなかったのか?奴が私に抱いているであろう恨みを利用すると言ったんだ」 「囮になるって言うことっスか?」 「簡単に言えばそうだな」 ロイは肩を竦めて答える。まるで何でもないことのように自分の命を危険に晒すと言うロイに、ハボックは目を吊り上げた。 「反対っス。危険すぎます」 「だが時間がない」 「時間がないからってアンタの命を危険に晒すような作戦、実行出来るわけねぇっしょ!」 ハボックは低いが強い口調できっぱりと言う。 「絶対に駄目っス。どうしても囮が必要だって言うならオレがなります!」 「だが、奴が恨んでいるのは私だぞ」 「アンタ個人でなくても軍の事も恨んでるっしょ?だったらオレが囮になったって十分役目は果たせるじゃないっスか」 ロイの腕をグッと掴んでハボックは言った。 「囮ならオレが────」 「ハボック」 ロイは言いかけたハボックの言葉を遮る。己の腕を掴むハボックの手を難なく外して言った。 「お前の言うことも判るがここは私が行った方が早いし確実だ。一刻も早く子供を助けたいならより確実な方法をとるべきだろう?」 「納得できないっス!」 堪らず声を張り上げるハボックの空色の瞳に浮かぶ焦燥の影にロイは内心ウキウキする。今、ハボックが反対するのは護衛官としてまた部下として、上官の身を案じていると言うのが理由だろうが、それでもハボックの意識が自分一人に向いている事がロイは何故だか嬉しかった。 「心配するな、ハボック。大したことじゃない。なに、私が出ればあっという間に解決するさ」 「大佐っ」 内心の喜びを押し隠してそう言えばハボックが苛立ちと焦りを滲ませる声でロイを呼ぶ。その声にゾクゾクしながらロイは言った。 「四の五の言っている時間はないぞ。そろそろ犯人も子供も限界の筈だ。最悪の事態を避けるためには一刻の猶予もない」 「アンタを囮にするのだってオレにとっちゃ最悪の事態っスよ」 ロイの言葉にハボックは苛々とした口調で言う。それでも確かにもうぐずぐずしている時間がないのは明白で、ハボックは図面を睨むように見つめて言った。 「子供達が教壇の机の下に押し込められてるとして、犯人のうち一人はその近くにいるっスよね。じゃあもう一人はどこにいると思います?」 「さっき窓に向けて発砲した奴が残る一人なら多分窓からさほど遠くなく、教室への出入りが見渡せる場所と考えられんか?」 ロイは答えて教壇とは反対側の教室の後ろの方を指で叩く。それに頷いてハボックは言った。 「それで、その……ウィルソンはどっちにいると思ってるんスか?」 「そうだな、多分。────こっちか」 そう言うロイの指が図面の教壇に近い場所を指す。 「アイツならすぐにも子供を殺せる場所にいると思う。奴が怒りと苛立ちに任せて子供達に銃を向ける前に、その銃を私に向けさせてやろう」 そういう言い方をすればハボックがキュッと唇を噛んでロイを見る。この状況においてさえそんな些細な表情の変化に奇妙な悦びを感じてしまう己を不思議に思いながら、ロイは言った。 「心配するな、ハボック。奴を捕まえてもう一度牢屋にぶち込んでやる、それだけだ」 ニヤリと笑ってロイは、これからどうするか手短に指示を与えた。 |
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