風の行く先   第三十三章


「大佐!」
 勢いよく開かれた扉から飛び込んできたハボックの声にロイは書いていた書類から顔を上げる。その緊張した面持ちにロイもサッと顔を引き締めて、書類を脇に押しやった。
「どうした?」
「緊急事態っス!西地区の小学校に銀行強盗に失敗した犯人が逃げ込んだって」
「皆を呼べ」
 ロイが言うまでもなくブレダ達が執務室に集まってくる。全員が集まったところで、ロイは視線でハボックに説明を促した。
「十時四十分頃、西地区のイーストシティ中央銀行で強盗事件が発生。その事件では何も取らず逃走するも憲兵に追われた犯人が近くのエデルマン小学校に逃げ込み、生徒十数人を人質に立てこもっているとの通報っス」
「子供を人質になんて、とんでもないクズだな」
 ハボックの説明にブレダが犯人を罵る。それに頷いてロイは皆を見回して言った。
「ハボック少尉、ブレダ少尉は小隊を率いて現場の小学校へすぐ向かえ。人質になっていない生徒や職員の安全の確保と近隣住民が現場に立ち入らないよう規制線を張るんだ。ファルマン准尉、憲兵隊と連絡を取って犯人の身元の割り出しを。フュリー曹長は司令部に残って連絡役を頼む。中尉と私は現場に行くぞ」
「「大佐」」
 それぞれへの指示を与えたロイが最後に言った言葉に、ハボックとホークアイが口をそろえて異議を申し立てる。空色と鳶色の二対の瞳が非難の色をたたえて見つめてくるのに、ロイは肩を竦めた。
「待っているのは性に合わん」
「いけません、大佐!」
「アンタはここで待っていてください!」
 ホークアイとハボックが引き留めるのに構わず、ロイは席を立つと扉に向かった。
「急げ。子供たちを早く救いださなければならん」
「それは私たちに任せて────、大佐!」
「もうっ!────中尉、オレ、小隊の方に指示出してすぐ戻るっスからその間大佐の事頼んます!」
「判ったわ、少尉」
 さっさと出ていってしまうロイに小さく舌打ちしてハボックが言う。それに頷いてホークアイがロイを追って出ていき、ハボック達もそれぞれに己の役割を果たすべく部屋を取びだしていった。


「子供たちの避難終わりました!」
「規制線設置完了です!」
 次々と入る報告にロイは頷く。犯人が立てこもった一階の教室がよく見える箇所に立つロイにホークアイが言った。
「大佐、後は私たちに任せて大佐は司令部にお戻りください」
「これからが私の出番だろう?中尉」
「大佐」
 ニヤリと笑うロイにホークアイが鳶色の目を吊り上げる。怒りに氷の冷気を纏う副官をものともせず、ロイは犯人が立てこもる教室へと目をやった。
「一刻も早く助け出してやらなければ」
「それはオレ達の仕事っス」
 ロイの言葉に丁度部下への指示を終えて戻ってきたハボックが言う。振り返るロイにハボックが言った。
「オレたちの事が信じられないっスか?」
「そんな事はない」
 責めるように言うハボックにロイは答える。「それなら」と続けようとするハボックにロイが言った。
「お前達のことは十分信用しているさ。だが、迅速に事件を解決するためには私が出るのが一番だ」
「大佐」
 自信満々に言い放つロイにハボックが怒気を纏ったため息を吐き出す。初めてロイと出会った時からその実力は嫌と言うほど見せつけられてよく知ってはいたが、彼を守る護衛官の役目を担う身としては頷く訳にはいかなかった。
「大佐、頼んますから────」
 司令部に戻ってくれとハボックが言いかけた時、ガウンガウンと銃を撃つ音とガラスが割れる音に続いて悲鳴が沸き起こる。ハッとして教室へ目をやるハボックにロイが言った。
「四の五の言っている暇はない。行くぞ、ハボック」
「ッ、────アイ・サー!」
 きっぱりと言って発火布を填めるロイに、ハボックは一つ大きく息を吐き出して答えた。


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