風の行く先   第三十章


 ロイは女から身を離して起きあがるとベッドから降りる。シャワールームに入り情事の痕を全て洗い流すと身支度を整えた。部屋に戻れば女はバスローブを羽織ってベッドに腰掛け煙草をくゆらしている。立ち上がらぬままにこやかに笑って手を振る娼婦に見送られて、ロイは娼館を後にした。


 昼間ハボック達の演習の様子を見た後執務室に戻ったロイは黙々と仕事に精を出し、定時の三十分前には言い渡された今日のノルマを全て終えてしまった。
「────結構です」
 書類をチェックしたホークアイが探るような視線を向けてくるのにロイは苦笑する。
「ちゃんと言われたとおり仕事を済ませたんだが、何か問題があったかね?」
「いいえ」
 ロイの問いに首を振ってホークアイが言った。
「どうしていつもこの調子でやって下さらないのかと思いましたもので」
「折角有能な副官がいるのに上官である私まで有能ぶりを発揮する必要はないだろう?」
「私の能力はさておき大佐には是非とも毎日有能ぶりを発揮して頂きたいのですが」
 クスリと笑ってとんでもない事を言うロイをホークアイが睨む。大抵の男なら怯んでしまいそうなその眼光を意にも介さず、ロイは机の上を片づけると立ち上がった。
「今日のノルマは達成したんだからもう帰ってもいいかな?」
「明日もまたこの調子でお願い出来るのでしたら」
「善処するよ」
 ロイは笑ってそう答えるとホークアイが口を開く前に執務室を出る。廊下を歩き出せば浮かんでいた笑みは消えて、ロイは胸の内にモヤモヤとしたものを抱えながら夜の街へと繰り出した。一人飲む酒では気持ちは晴れず、とは言えガールフレンドを呼び出す気にもなれなくて結局ロイは何度か通ったことのある娼館へと足を向けたのだったが。


(物足りない……)
 男を悦ばす事を生業とした娼婦とのセックスは、だがひどく味気ないものだった。確かにそれなりに快感を感じはしたがロイを満足させるには程遠くて、むしろ疲労感だけが増した気がする。
(この間のアレは悦かった)
 そう考えたロイの脳裏に浮かんだのは啼きながら喘ぐハボックの顔だ。必死にロイを迎え入れようとする躯を押し開いて穿てば、狭い肉筒は悦ぶようにロイの楔に絡みついて離そうとしなかった。辛いと泣きじゃくるハボックの表情と相まってこれまで感じたことのない悦楽をロイにもたらして、ロイはハボックを離してやることが出来なかったのだ。
(くそっ)
 その時の悦楽を思い出してブルリと背筋を震わせたロイは悔しそうに顔を顰める。
(有り得んだろう、男とのセックスの方がイイなんて。アレはきっと普段のハボックとのギャップのせいで三割増しで悦かっただけだ)
 ロイは自分にそう言い聞かせながら足早に夜の街を通り抜けていった。


 だが。
 ハボックとのセックスの後、ロイは誰とセックスしても満足する事が出来なくなってしまっていた。思いがけずイイ思いをしてしまったせいで、どうにもセックスでの満足感を得られない。セックスだけでなく普段の女性とのデートですら物足りず、気がつけばあの夜のハボックと比べている事に気づいて、ロイは気難しげに手にしたペンで書類を叩いた。
(一体全体どうしたというんだ、私は)
 気がつけばハボックの事を目で追っている。いなければ気になって仕事もそこそこに席を立ってその姿を探してしまう。そうしてやっと見つけたハボックが他の誰かと楽しげに話しているのを目にすれば、何故だか酷く苛々としてしまうのだ。
(くそッ)
 チッと小さく舌打ちしたロイは、ペンを放り出して立ち上がる。執務室の扉を押し開き司令室の大部屋を見回したロイは、求める姿がないのを見て顔を顰めた。
(いないじゃないか)
 丁度ホークアイも席を外しているのをいいことにロイは足早に部屋を横切り廊下に出る。この時間演習が入っていないことは判っていたから近くの休憩所を覗き、射撃場や格闘場にも足を運んでみたがハボックはどこにもいなかった。
(どこに行ったんだ、ハボックの奴)
 苛々と眉を寄せてロイはハボックの姿を探す。階段を下りていたロイはワッと沸き起こる笑い声に足を止めて階下を覗き見た。
(いた)
 ハボックを取り囲む数人の男たちはハボック小隊の猛者たちだろう。自分よりも大柄な男たちに囲まれて楽しげに笑うハボックの表情にロイは眉を寄せる。中の一人が親しげにハボックの腕に手をかけるのを見た瞬間、考えるより早くロイの唇から言葉がついて出た。
「おい、ハボック!」
「大佐っ?」
 ロイの声に弾かれたようにハボックが顔を上げる。ハボックの腕にかけていた手を男が慌てた様子で引っ込めるのを横目でジロリと睨んで、ロイは言った。
「こんなところでなに油を売っている?さっさと仕事に戻れ────お前たちもだ」
 ロイの鋭い眼光に射抜かれて、男たちは逃げ出すように行ってしまう。一人残されたハボックが小首を傾げるように見上げてくるのを見返して、ロイは言った。
「お前も。こんなところで無駄口を叩く暇があるならコーヒーでも淹れろ」
「────アイ・サー」
 言うなり背を向けて歩き出したロイは、返事と共についてくるハボックの足音を聞いて、そっと息を吐き出した。


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