| 風の行く先 第二十九章 |
| ハボックが執務室を出ていくと、自分の気持ちが判らないながらもハボックが淹れてくれたコーヒーに気持ちを宥められて、ロイは仕事に取りかかる。次々と書類に目を通し時にチェックを入れながら、ロイは高く積み上がった書類の山をどんどんと低くしていった。出来るならもっと早く出して欲しいとホークアイが言うであろう集中力を発揮して書類を片づけていたロイだったが、不意にリンと鳴った電話のベルに書類を書いていたロイの手が止まる。「フゥ」と一つ大きく息を吐いて受話器を取ると、事務的な連絡に一言二言返して受話器を戻した。 「────」 折角集中力を発揮していたところを邪魔されて、ロイはやれやれとため息をつく。もう一度書類に手を伸ばしかけて、だがロイは伸ばした手を机について立ち上がった。強張った首と肩を回して解したロイは執務室を出る。いればきっと引き留めたであろうホークアイは折り悪く席を外していて、ロイは易々と司令室の大部屋を横切って廊下に出た。そうして厳しい副官が戻ってくる前にと足早に歩き出す。カッカッと小気味良い足音を響かせ背筋を伸ばして歩いていけば自然と廊下を行き交う軍人たちが道を開けて、ロイは誰にも邪魔されずに歩いていった。 (部屋にいなかったな) 司令室の大部屋に姿が見えなかった部下を脳裏に描いてロイは思う。そうすれば足は自然と演習場へと向かうルートを辿って、ロイは階下へ降りると扉から外へと出た。そのまま歩き続けて行くと遠くに男たちがあげるかけ声が聞こえて、演習場の入口で足を止めた。入口の柱に肩を預けるようにして寄りかかり、遠くで走り回る男たちを見遣る。太陽の光を弾いて輝く金髪がハボックのものだと気づいて、ロイは途切れ途切れに聞こえる声に耳を澄ませた。 (アイツも随分と成長したな) 部下たちに厳しく指示をとばすハボックの姿を眺めながらロイは思う。先頭にたって走り回るハボックに、ロイはうっすらと笑みを浮かべた。 (初めて会った時はまだ頼りないぺーぺーだったのに) ロイは走り回るハボックに出会ったばかりの頃の姿を重ねて見つめる。そうやって暫くの間声をかけるでもなくハボックの姿を見つめていたロイだったが、ひとつ頭を振ると司令部の建物の中へ戻っていった。 「次!行くぞ!」 ハアハアと息を弾ませる部下たちに向かってハボックが声を張り上げる。そうすれば副官の軍曹が年若い隊長に向かって声をかけた。 「一度休憩を入れましょうや、隊長」 「えー、でも」 「休息も大事ですぜ」 宥めるように言われてハボックは不満そうに口を尖らせながらも休憩を告げる。「ちぇっ」と小さくため息をついて視線を巡らせたハボックは、こちらに背を向けて歩き出す人影を見つけて目を瞠った。 「大佐……?」 確かめようとしたものの人影はすぐ見えなくなってしまう。少しの間人影が見えなくなった先を見つめていたハボックだったが、やがて演習場の隅に腰を下ろすと両手を背後について空を見上げた。 (大佐と初めて会ったのは士官学校出たばっかの頃だったっけ) 毎日毎日辛い訓練の連続でついていくのが必死だった。それでも少しでも軍人としての技術を磨き上げたいと訓練に明け暮れていた頃、あの事件に遭遇したのだ。 『お前も一緒に来い』 偶然行きあわせた銀行で発生した立てこもり事件。同じように偶々居合わせたロイがハボックが士官学校を卒業したばかりの新兵だと知った上で一緒に事件解決にあたるよう言った。突然の事件に出くわしただけでも怯むには十分である上に、自分はまだまだ経験の少ない新兵だ。幾らロイが名だたる焔の錬金術師だとしても、その補佐につくのは無理だと後込みするハボックにロイは言った。 『訓練を積んできたんだろう?嫌になるほど。違うか?』 『そりゃそうっスけどっ!でも、訓練と現実の事件じゃ全然違う────』 『大丈夫だ』 怯むハボックにロイがきっぱりと告げる。 『お前なら大丈夫。お前がこれまで積み上げてきた時間は決してお前に嘘をつかない。自信を持って行け。それに』 と、ロイは手を伸ばしてハボックの金髪をクシャリとかき混ぜた。 『私がついている』 言ってニヤリと不敵な笑みを浮かべるロイにハボックは目を見開く。それと同時に不思議に気持ちが落ち着いてくるのをハボックは感じていた。そうして。 『行くぞ』 『イエッサー!』 自信に満ちたその背を信じてハボックはロイに従い無事事件を解決した。ハボックは空を見上げてその時の感動と充実感を思い出す。あの時、自分はロイについていくと決めたのだ。憧れはいつしか恋情に変わり、抱いた恋心は叶わなかったけれどそれでもついていくと決めた気持ちは今も揺らぐことはなく。 「よし」 ハボックは膝を一つ叩いて立ち上がる。 「訓練再開するぞ!」 よく通る声でそう告げると、誰よりも早く演習場の中央へと走り出た。 |
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