風の行く先   第二十八章


「昨日デートだったんだろ?なんか機嫌悪かったな」
 バタンと執務室の扉が閉まるとブレダが首を傾げて言う。先に来ていてロイの不機嫌の理由を聞いていたフュリーが答えた。
「夕べよく眠れなかったそうですよ。今日は来たくなかったって」
「あー、そりゃ今日の迎えは中尉でよかったな」
 グズるロイを連れてくるなどホークアイでなければ出来なさそうだ。ブレダがそう言った時、司令室の扉が開いてホークアイが入ってきた。
「私がなんですって?」
「あ、中尉。おはようございます」
 不思議そうに首を傾げるホークアイにブレダが言う。
「いやあ、今朝は大佐の機嫌が悪いっていう話で」
 そう聞いて「ああ」とホークアイは肩を竦めた。
「機嫌がよかろうが悪かろうが仕事はしてもらわないとでしょう」
 にっこりと笑って言うと執務室に入っていくホークアイを見送って男たちは顔を見合わせる。流石と苦笑いして席につく同僚たちに習って自席に腰を下ろして、ハボックは執務室の扉へ目をやった。
(夕べよく眠れなかったって……どうしたのかな)
 デートに行くと花束を抱えたロイの姿が脳裏に浮かぶ。執務室の扉の向こうにいる人を思えば胸がチクリと痛んで、ハボックは慌てて首を振って一つ大きく息を吐き出した。
(しゃんとしなきゃ)
 ハボックはキュッと唇を引き結んで己に言い聞かせる。手を伸ばして書類を引き寄せると目を通し始めた。所々にチェックを入れながら読んでいればカチャリと音がして執務室からホークアイが出てくる。書類を手に司令室を出ていくホークアイの背を見送った視線を執務室の扉に戻したハボックは、書類をおいて立ち上がった。
(コーヒー、淹れてこよう)
 よく眠れなくて不機嫌というならコーヒーでも飲めば少しは気も晴れるかもしれない。ハボックはロイの為にコーヒーを淹れようと給湯室へと歩いていった。


 書類の山を高くしてホークアイが出ていった後も、ロイは腕を組んで椅子に背を預けたまま空を見ていた。ホークアイには午前中に山を二つ片づけるよう言われていたがとても取りかかる気になれない。モヤモヤとした気持ちを抱えたまま睨むように空を見ていれば、コンコンとノックの音がした。
「調子どうっスか?」
 コーヒーの香りと共にハボックが執務室に入ってくる。その声にロイが視線を戻せば、ハボックがコーヒーのカップを乗せたトレイを手に笑みを浮かべて立っていた。
「コーヒーどうぞ」
「────ああ」
 香しいコーヒーの香りに誘われて、ロイはカップに手を伸ばす。一口飲めば程良い熱さと苦みに、寝不足でささくれだっていた気持ちが宥められていった。
「────旨い」
「そうっスか?よかった」
 自然とそう呟けば、ハボックが嬉しそうに笑う。窓の外に広がる空と同じ色の瞳を見上げて、ロイは尋ねた。
「お前も夕べはストレス解消になったのか?」
「え?────ええ、そうっスね。気の置けない連中ばっかだったスから。賑やかで楽しかったっスよ」
「────そうか」
 ニッコリと笑って答えるハボックに、ロイは胸の痛みを覚えて唇を噛み締めた。
「大佐?」
 ムスッとして黙り込んでしまったロイをハボックが不思議そうに呼ぶ。視線を上げて、見つめて来る空色をじっと見つめて返してロイは口を開いた。
「夕べはデートだったんだ」
「そう、っスね」
 デートの場所まで送ったのは自分だ。わざわざ言われずとも判っていて、突然そんな事を言い出したロイの意図が判らずハボックは困ったように答える。続くロイの言葉を待っていたハボックは、再び口を閉ざしてしまったロイに困りきって視線をさまよわせた。
「えっと……花束、喜んでました?」
 ロイから貰った花束は花瓶に活けて窓辺に飾ってある。自分のために選んで贈ってくれたのが嬉しかった事を思い出して、相手の女性もきっと喜んだろうと胸の痛みと共に考えて尋ねれば、ロイは益々ムゥと口の端を引き下げた。
「喜んでたさ。でも────」
「でも?」
 否定の言葉が続いてハボックがキョトンとする。まん丸く見開かれた空色を、ロイは切なげに目を細めて見つめた。
(お前ほどには似合わなかったんだ)
 似合うと思って選んだ二つの花束。だが、大輪の黄色の花に負けない程の鮮やかなハボックの笑顔は本当に向日葵と似合っていてロイの胸に焼き付いて。
(一体どうしたというんだ、私は)
 揺れる自分の気持ちが判らなくて、ロイはコーヒーのカップにそっと口をつけた。


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