風の行く先   第二十六章


「おう、ハボ!ここだ!」
 店に入ったところでキョロキョロと見回せば、ブレダが手を振るのが見える。賑わう店の中、テーブルの間を抜けて、ハボックはブレダと小隊の部下たちが陣取ったテーブルまで来た。
「ごめん、遅くなった」
「お疲れ。家まで送ったのか?」
 とりあえずビールと店員に告げて、ハボックは椅子に腰を下ろす。ブレダに尋ねられて、ハボックは小さく首を振った。
「ううん、デートだって。ホテルまで送ってきた」
「昨日もデートだったろ?連日かよ」
「流石マスタング大佐ともなると違いますね!」
「羨ましいです!俺も毎晩違う相手とデートしたい!」
 ハボックの言葉にブレダ達が一斉に声を上げる。“昨日も”と言われて内心ギクリとしたことはおくびにも出さず、ハボックは言った。
「とりあえずオレたちは一人目を見つけるのが先決じゃねぇ?」
「隊長〜〜ッ」
「そこは言わないでくださいよぅ」
 口々に悲鳴を上げる部下たちに「あはは」と笑って、ハボックは丁度テーブルに置かれたビールのジョッキを手に取った。
「ま、とりあえず乾杯しようぜ。オレたちにも可愛い彼女が出来ますように」
「俺はこの間フラレたばっかりなんだッ!それもこれも大佐が残業ばっかさせるせいだッ!」
 チキショーッと叫んでブレダがハボックのグラスにガツンと己のそれを当てる。次々とグラス同士を当ててグーッと半分程も一気に飲むと、ハボックはテーブルの上の料理に手を伸ばした。
「オレもフラレたとこだよ」
「えっ?隊長、今フリーなんですかッ?」
「マジですかっ?」
 叫ぶブレダにハボックが言うと部下たちが一斉に色めき立つ。そんな部下たちの様子には気づかず、ハボックはちびちびと残りのビールを口にした。
(今頃大佐は綺麗な女の人とデートしてんのか……)
 昨夜自分が座っていた椅子に他の誰かが座っている。向かいの席に座ってにこやかに笑うロイの姿が脳裏に浮かべば堪らなく胸が痛んだ。
(もしかしたら今夜もそのまま────)
 昨夜自分をベッドに誘ったように今夜もデートの相手を誘うのだろうか。男の自分を抱いた口直しに、今夜は美しい女性と一晩過ごすのだろうか。
(なに考えてんだ、オレ)
 ロイに知られたら思い切り嫌がられるだろう想像が頭に浮かんで、ハボックは慌てて首を振る。
(昨日デートして貰ってきっぱり諦めたはずだろ!ヤキモチ妬くなんて……いい加減にしろ、オレ!)
 気持ちに整理をつけてロイの部下でいることを選んだのだ。
「ハボック?どうかしたのか?」
「ううん、どうもしねぇよ。ビール、もう一杯頼もうかな」
「俺も頼みますから、一緒に。おおい!ビール二つ!」
「もっと肉食おうぜ。唐揚げ頼もう、唐揚げ!」
「腹減ってんですよ、ピザ頼んでもいいですか?」
 ワイワイと騒ぐ仲間たちの声を聞きながら、ハボックは泣きそうに歪む顔をグラスで隠した。


「まあ、綺麗!」
 ロイが花束を差し出すと女性が満面の笑みを浮かべる。花を抱えて礼を言う女性に、昨夜のハボックの姿がダブって見えた。
『あ、ありがとうございますっ』
 向日葵の花束を渡せばその花に負けない程鮮やかな笑みを浮かべたハボック。花屋で向日葵を見た瞬間、絶対その花が似合うと思って選んだが、ハボックの笑顔は向日葵の花以上に明るかった。
「貴方に絶対に似合うと思ってその花を選んだんですよ」
「まあ、本当ですか?」
 ロイの言葉を聞いて女性は嬉しそうに頬を染める。その顔を見てロイは思った。
(似合うと思ったんだが……全然違ったな)
 彼女はガールフレンドの中でも五本の指に入る美人だ。だが、今夜に限ってはその彼女でも美しい花の前では色褪せて見えた。
「どうぞ」
 だが、ロイはそんな内心の落胆など露ほども見せずに女性をエスコートする。昨夜ハボックが座った席に女性を座らせ、自分はその向かいに腰を下ろした。
「私、この季節になるとこの店で絶対に食べたいものがありますの。よろしいかしら?」
「────ええ、勿論」
 席に着いた途端そう言う女性にロイはにっこりと笑って答える。そうすれば遠慮なしにウェイターに注文する女性に、ロイはこっそりため息をついた。
(遠慮の欠片もないな)
 これまでもデートの相手の方から食べたいものをリクエストされたことはあったし、別段それを不快に思ったことはなかった。だが、今夜は何故だがそんな些細なことが気に障る。
「マスタングさん?」
「────なんでもありません。どうぞ、何でもお好きなものを頼んで下さい」
 不思議そうに名を呼ばれて、ロイは内心の苛立ちを押し隠してにっこりと微笑んだ。


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