風の行く先   第二十四章


「えーっ、酷いですよぉ、ブレダ少尉、ハボック少尉」
 ロイが司令室の扉を開ければ悲鳴混じりのフュリーの声と、ドッと笑う声が聞こえる。司令室の中に入ったロイは仲間たちと楽しげに話すハボックの横顔を見て眉を顰めた。
「あ、大佐。おかえりなさい」
 ドアの所に立っているロイに気づいてブレダが言う。ブレダが言うのを聞いて気づいたというようにハボックがロイを見た。
「おかえりなさい。早かったっスね」
(嫌みか?それは)
 ハボックの言葉にロイは内心そう思う。会議室から真っ直ぐ戻らず休憩所で小隊の部下たちの噂話を盗み聞きしていた事を咎められたように感じて、ロイはムッと眉を寄せた。
「大佐?」
 何も答えないロイをハボックが不思議そうに見る。薄く唇を開いて見つめてくる顔に夕べのハボックの顔が重なって、ロイはプイと顔を背けるとそのまま執務室の扉に向かった。
「どうしたんでしょう?機嫌悪い?」
「また例によって碌でもない会議だったんじゃないか?」
 扉を閉める直前、フュリーとブレダの声が聞こえる。バタンと乱暴に扉を閉めたロイは己の机の上に山積みになった書類を睨みつけた。
「夕べはアンアン泣いてたくせに」
 昨日の夜は自分に組み敷かれて啼きながら喘いでいた。そのくせ今日は小隊の部下たちに艶めかしい表情を見せたと思うと、今度は仲間たちと無邪気に笑っている。
「ハボックのくせに」
 そんなハボックの様子に無性に苛々して、ロイは小さく罵るとドサリと乱暴に腰を下ろした。山積みの書類には手を伸ばさず腕を組み宙を睨む。そうすれば先ほどの小隊の連中の声や仲間たちと楽しげに笑うハボックの声が耳に蘇って、ロイはムゥと口を歪めた。
「ハボックのくせに」
 苛々と呟いたロイは腹立ち紛れに机に置かれた書類の上にドカリと足を投げ出した。


「会議の後機嫌が悪いのはいつもの事だろ。ほっとけ」
 バタンと乱暴に閉まった執務室の扉を見てブレダが言う。それを機にそれぞれの仕事に戻る仲間たちに習って書類に手を伸ばそうとしたハボックは、伸ばしかけた手を書類ではなく机について立ち上がった。
「ハボック?」
「コーヒー淹れてくる」
「あんまり甘やかすなよ」
 そう言うブレダに苦笑を返して、ハボックは給湯室へと向かう。セットしたコーヒーが落ちるのを待つ間、ハボックは壁に凭れてフゥと息を吐いた。
(オレ、なんかしたかな……。ちゃんと普通にしたつもりだったけど)
 躯に残る痛みが胸の奥底にしまい込んだ想いを揺さぶらないと言ったら嘘になる。だが、夕べ交わした約束を破るような真似だけはすまいと努力しているつもりだった。
(頑張んなきゃ……せめて部下としては必要とされるように)
 ハボックは目を閉じて己にそう言い聞かせる。コポコポとコーヒーが落ちる音をそのまま聞いていたが、やがてその音が聞こえなくなるのと同時にゆっくりと目を開けた。大嫌いな会議に出て苛ついているであろうロイの為にミルクと砂糖を多めに整えたコーヒーをトレイに乗せて、ハボックは給湯室を出た。


「大佐、コーヒーっス」
 コンコンとノックの音がしてハボックが入ってくる。机の、しかも書類の上に軍靴を履いたままの足を投げ出しているのを見て、ハボックが空色の瞳を丸くした。
「中尉に怒られるっスよ」
 一番効果的な言葉で窘められて、ロイは渋々足をおろす。ハボックは空いたスペースにコーヒーのカップを置いてロイを見た。
「会議、お疲れさまでした」
「────ああ」
 不機嫌なままロイは答えてハボックを見つめる。じっと見つめればハボックは困ったように首を傾げた。
「あの……なにか?」
 そう聞かれて不機嫌の理由を説明できず、ロイは乱暴な仕草でカップを手に取る。グイと呷ればいつもより甘めに淹れられたコーヒーが苛ついた心にじんわりと染みて、ロイは僅かに目を瞠った。
「────そ……ッ」
「えっ?」
 ボソリと呟いた言葉を聞き取れず尋ねるように見つめてくる空色に、ロイは答えずコーヒーをゴクゴクと飲む。
(くそ……ッ、ハボックのくせに……)
 つい今し方まで抱いていたハボックに対する苛立ちを取り戻そうとしたものの、コーヒーの優しい甘さに溶かされたそれは取り戻しようもなく。
「旨いな」
「ホントっスか?よかった」
 無意識に呟けばニッコリ笑って答えるハボックに、ロイは騒めく胸を押さえ込もうとそっと目を閉じた。


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