風の行く先   第十四章


 鍵を開けてロイが部屋に入っていく。通された部屋はイーストシティの夜景が見下ろせる大きな窓のあるスイートルームで、ハボックはロイの後からついて入りながら落ち着かなげに部屋の中を見回した。
「なにか飲むか?」
「えっ?あ、はいっ」
 尋ねる声にハボックは飛び上がって答える。ロイは備え付けの棚からブランデーのボトルを取り出し、二つのグラスに注ぐと一つをハボックに差し出した。
「ありがとうございます」
 差し出されたグラスを受け取ったものの、その後どうしたらいいのか判らずハボックはグラスを手にしたまま立ち尽くす。ロイはそんなハボックに構わずグラスを持ったまま窓辺に近づき外を見下ろした。
「綺麗な夜景だぞ」
 ロイはグラスに口をつけて言う。その声に弾かれるようにビクリと体を震わせたハボックは、ゆっくりとロイに近づいていった。
「ホントだ……綺麗っスね」
 ロイに話を合わせてハボックは言う。間接照明だけの灯りを落とした部屋からは、眼下に広がる夜景がよく見えた。
(部屋をとってあるって……そりゃあもう終わっちゃうのは嫌だったけど)
 最初で最後のデート。楽しい時間はあっと言う間でこれでもう終わってしまうのだと悲しかったのは事実だ。だが、こんな風に他に誰もいない場所に二人きりになってしまうと、なにを言えばいいのか判らなくなってしまうのも正直なところだった。
(だって……なに言っても女々しくなっちまいそう)
 周りに人がいれば普通に話をすることが出来ても、二人きりになってしまうと泣き言ばかり言ってしまいそうだ。困りきったハボックが何も言えずに窓の外を見つめていれば、不意に手にしたグラスを取り上げられてハボックはハッとして視線を部屋の中に戻した。そうすれば。
「大、さ……?」
 いつの間にかロイがすぐ側に立っている。見つめてくる黒曜石を目を見開いて見つめ返したハボックの顎をロイの指がそっと掬った。
(────え?)
 ハボックの目の前にロイの黒曜石がいっぱいに広がる。次の瞬間唇が合わさって、ハボックは目を大きく瞠った。
(な、に────)
 合わさった唇の間からロイの舌が入ってくる。入ってきた舌に己のそれを絡め取られて、ハボックは驚いてロイを押し返した。
「なんっ、なにをッ」
「なんだ?キスした事がない訳じゃあるまい?」
「そりゃそうっスけどッ!」
 キスされた唇を両手で押さえて叫ぶハボックにロイがクスリと笑う。大きく見開く空色を見つめて、ロイが言った。
「最初で最後のデートだからな、抱いてやる。気持ちに踏ん切りもつけられるだろう?」
「抱い────」
 突然のことにハボックはポカンとしてロイを見る。そんなハボックにロイはグラスに口をつけて言った。
「なんだ?嫌なのか?私に抱かれたくはない?」
「そっ、そんなことはっ」
 とても口には出せないが、ロイの事を想いながら自慰にふけったこともあるのだ。抱いてやると言われれば下腹がズンと熱く重くなった。
「おいで、ハボック」
 ロイは手にしたグラスを置いて言う。甘いテノールに引き寄せられるように一歩踏み出せば、ロイの手がグイとハボックを抱き寄せた。
「……あ」
 近づいてきたロイの唇がハボックのそれを塞ぐ。唇を舐める舌先に促されて薄く開いた唇を割って、ロイの舌がハボックの口内に忍び入ってきた。
「ん……んふ……」
 クチュクチュと口内を嬲られて、ハボックは甘く鼻を鳴らす。キスを交わす水音と己の甘ったるい声に、ハボックは顔を赤らめた。
(キス……キスしてる、大佐と……)
 恥ずかしくて胸が信じられないほど大きな音を立てている。角度を変えて何度も繰り返されるキスにボウッとなって、ハボックはくったりとロイに凭れかかった。
「ふふ……キスだけでこんなになるのか?可愛いな、ハボック」
 頬を染めて凭れかかってくるハボックの様子に、ロイがクスクスと笑う。ロイの唇がチュッと染まる頬にキスを落としたと思うと、いきなりフワリと体が浮いてハボックはハッとして身を強張らせた。
「えっ?あ……ッ」
 自分がロイに抱き上げられているのだと気づいて、ハボックは狼狽える。慌てて下りようとすれば抱く腕にグッと力が入って、ロイが言った。
「いいから。ここでスるわけにはいかないだろう?」
「えっ?あ、あのっ」
 ハボックが狼狽える間にもロイはハボックを抱き上げたまま続きの寝室へと入っていく。大きなベッドが目に入って、ハボックは思わずギュッと目を瞑った。そっとベッドに下ろされたハボックは僅かに沈むベッドの感触にギクリと体を震わせる。ギシリとベッドが鳴る音に閉じていた目を開ければ、のし掛かるように身を寄せてくるロイをハボックは目を大きく見開いて見上げた。
「たいさ……」
 伸びてきたロイの手がハボックの上着にかかる。肩から上着を落としたロイの手がシャツにかかって、ハボックはビクリと震えた。
「どうした?初めてじゃないだろう?」
「おっ、男とスんのは初めてっスッ!」
 思わずそう口走ったハボックをロイが目を見開いて見つめる。意外そうに見つめてくる黒曜石に、ハボックは言った。
「オレっ、男で好きになったの、大佐だけっス!だから……」
 正直男同士のセックスなどよく判らない。ロイの事は好きだしロイを想って自慰をしたことはあっても、具体的にセックスを考えた事はなかった。
(どうしよう……どうすれば)
 半分パニックに陥ってハボックは視線をさまよわせる。そうすれば伸びてきたロイの手に、ハボックはハッとしてロイを見た。
「大丈夫だ、私に任せておけ」
「たいさ……」
 言って優しく微笑む黒曜石にハボックは息を飲む。ロイの手がシャツのボタンを外そうとして、ハボックは思わずロイの手を押さえた。
「ハボック」
「あ、あの……っ」
 微かに震える手をロイの手が優しく撫でる。
「怖がらなくていい、優しくしてやる」
 そう囁いたロイの手がシャツのボタンを外していくのを見ていられず、ハボックはギュッと目を閉じた。


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