風の行く先   第十三章


 差し出された向日葵の大きな花束を受け取ってハボックは笑う。「よく似ている」というロイの言葉を聞きながらハボックは思った。
(向日葵は太陽の方を向く花だから)
 自分にとってロイは太陽にも等しい存在だ。いつだってロイから目を離せず気がつけばロイの姿を追っていて。
「さあ、食事にしよう。腹が減ったろう?」
「そうっスね」
 促されるまま席に着き食事を始める。その間もハボックはロイから目を離せなかった。
(大佐、やっぱカッコイイな……)
 好きなものを頼んでいいと言われても選ぶことの出来ない自分のためにロイが選んでくれた料理はどれも旨くて、ロイの如才無い会話と相まって、この場の雰囲気を盛り上げてくれた。
(きっといつもこんな風にデートしてるんだ)
 この店に来るたび頼んでいるというワイン。自分の代わりに綺麗な女性がこの席に座っていることを思えばほんの少し胸が痛んだが、それでもこうして二人きりの時間はとても幸せで。
(大佐も少しでいいからオレとおんなじに思ってくれたらいいな)
 そんなことを思いながらハボックはロイと一緒の時間を大切に抱き締めた。


「あはは、大佐ってば」
「だがな、よく考えてみろ」
 ケラケラと笑うハボックにロイはムッと唇を突き出して言う。そうすればその表情がおかしかったのかまた一頻り笑うハボックの屈託のない表情を、ロイはじっと見つめた。
(こんな風な奴だったか)
 確かに普段からハボックは陽気で人懐こい性格だった。上官である自分に対しても遠慮のない物言いで、良くも悪くも裏表のない信頼の出来る部下だった。己への想いを知ってからは何となく関係がぎくしゃくしてその想いが鬱陶しいと思ったのも確かだったのだが。
 今夜のハボックはその表情の一つ一つが妙に可愛らしい。それが恋する相手との時間を大切に過ごそうとする故と気づかず、ロイは楽しそうに笑うハボックの顔をじっと見つめた。


(あんまり見つめないで欲しいなぁ)
 いつになく強い光をたたえて見つめてくる黒曜石に、ハボックはこっそり思う。大好きな瞳が自分だけを見つめてくれる事は嬉しかったが、それと同時に面映ゆくもあった。
 そんなことを考えながらも会話を交わし杯を重ね食事を進めるうちに時間は経っていく。気がつけばもう食後のコーヒーがテーブルに置かれていて、これを飲み干せば楽しかった時間も終わるのだと告げていた。
(これでもう終わっちゃうんだ……)
 ロイへの気持ちは収まるどころか後から後から溢れてくる。その想いを心の奥深くに押し込められるのか、ちゃんと単なる上司と部下として接することができるのかとハボックが思った時、ロイが飲み干したカップをカチャリと皿に戻した。
(あ)
 楽しかった時間の終わりを告げる音にハボックは泣きたい気持ちになる。だが、折角これからの自分たちの事を考えてわざわざこの時間を作ってくれたロイの為に、ロイが好きなら尚のことその気持ちに答えなければならないと思った。
「あ、あの……今夜は」
 ありがとうございましたと言おうとした声が震えそうになって、ハボックは唇を噛みしめて俯く。そうすればナフキンをテーブルに置いたロイが立ち上がるのが見えて、ハボックはハッとして顔を上げた。
「どうした?行くぞ」
「は、はい……」
 言ってさっさと部屋を出ていくロイにハボックは胸がズキリと痛む。本当はこの時間を終わらせたくないと思う自分とは違って、ロイにとってはこの数時間はとるに足らないなんでもない時間なのだ。部屋を出ていくロイの背がそう言っているように思えて、ハボックは零れそうになる涙を必死にこらえた。
「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
 そう言って見送る店員の声に頷くロイの後について行きながらハボックは痛む胸をそっと押さえる。それでも何とか今夜の礼を言おうと口を開こうとしたとき、振り向いたロイが言った。
「なにをしてる?行くぞ」
「え?」
「今夜一晩デートしてやると言ったろう?部屋をとってある、来い」
「────え?」
 ロイの言葉がすぐには理解出来ず、ハボックはポカンとして立ち尽くす。ついてこないハボックにロイは苛々と振り向いて言った。
「なにしてる?ハボック、行くぞ!」
「えっ、あっ、は、はいっ」
 言ってエレベーターに向かうロイの後を、ハボックは慌てて追いかけた。


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