風の行く先   第十二章


「いらっしゃいませ。お連れ様、もうお見えでございますよ」
 ロイの顔を見て馴染みの店員がそう言いながらロイを促す。やはり待たせたかと思いつつ、ロイは店員が開けた扉から個室に入った。
「すまん、待たせたな」
 そう言えば窓辺に立っていたハボックがハッとして振り向く。うっすらと涙の滲む空色がロイを見た途端大きく見開き、それからふわりと笑みに溶けた。
「大佐」
 明らかにホッと安堵の滲む声でハボックがロイを呼ぶ。振り向いた時には不安に翳っていた顔が自分を見た瞬間鮮やかな笑みを浮かべるのを見て、ロイは何故だかドキリとして目を瞠った。
「仕事で来られなくなっちまったのかと思っちゃいました。よかった……」
 そう言って嬉しそうに笑うハボックをロイはまじまじと見つめる。なにも言わずにその顔をじっと見つめれば、ハボックは困ったように視線をさまよわせた。
「あ、あの……オレの格好、そんなに変ですか?」
 ハボックがそう言うのを聞いて、ロイは漸く自分がハボックを見つめ続けていたことに気づく。慌てて視線を逸らして、それからロイはハボックを改めて見た。
「……大佐?」
 答えないロイをハボックが小首を傾げて見る。七分袖のテーラードジャケットにスリムタイプのボトムを身につけたハボックは、普段の軍服とも前に見たことのあるTシャツにジーンズの私服とも違って、二割り増しで男前に見えた。
「いや、結構似合ってるぞ」
「ホントっスか?よかったぁ」
 素直に褒める言葉を口にすれば、ハボックの表情がパアッと明るくなる。ハボックの笑顔など何度も見たことがあるはずなのに妙に可愛らしく見えるその表情に、ロイはドギマギとする心臓を慌てて押さえ込んだ。
(なにを慌ててるんだ、私は!ちょっと見慣れない格好をしてるから物珍しいのかッ?)
 心の中でそんなことを思いつつ顔には出さずにロイはハボックに近づく。手にしていた花束をハボックに差し出して言った。
「仕事が延びてしまってな。その上花屋に寄っていたものだから遅くなった。待たせて悪かったな」
「オレの為に花束を……?」
 差し出された花束を受け取ってハボックが目を見開く。ロイがハボックのために選んだのは黄色も鮮やかな向日葵の花だった。
「あ、ありがとうございますっ」
 向日葵で作った大きな花束を受け取ってハボックが満面の笑みを浮かべる。明るい笑みを浮かべるその顔は大きな向日葵のようで、ロイは笑って言った。
「やっぱりお前にはその花が似合うな。よく似てる」
「えっ?そうっスか?」
 そんな風に言われてハボックが手にした花束を見つめる。キョトンとして花を見るその表情が可愛くて、ロイはクスリと笑うとハボックを促した。
「さあ、食事にしよう。腹が減っただろう?」
「そうっスね」
 ハボックは答えて手にした花束を部屋の片隅の棚の上にそっと置く。席に着くロイに倣って腰を下ろしたハボックにロイは言った。
「なにがいい?何でも好きなものを食っていいぞ」
「なんでもって言われても、オレ、こんなとこでメシ食ったことないからよく判んねぇっス」
 差し出されたメニューを見てハボックが困ったように眉を寄せる。ウーンとメニューと睨めっこしたハボックが降参と言ったようにメニューを置いた。
「大佐のオススメ食べさせてくださいって言ったらダメっスか?」
「私のオススメ?それでいいのか?」
「はい!大佐が旨いって思うのなら絶対間違いないっしょ?きっと高くて旨いヤツ」
「お前な」
 ハボックの物言いにロイはプッと吹き出す。それでもハボックの言うとおり自分が気に入っているものを選んで注文した。
「じゃあまずは乾杯しよう」
「あ……はい」
 給仕が注いだワインのグラスを手にしてロイは言う。一瞬伏せたハボックの瞼を縁取る睫が長いことを意外に思いながらロイはグラスを掲げた。
「乾杯」
「乾杯」
 ロイの言葉に応えてハボックが言う。グラスに口を付けたハボックが目を丸くして言った。
「旨い!このワイン、すっげぇ旨いっス」
「そうか?私がこの店に来たときに必ず飲むワインなんだ」
「ふぅん、そうなんスか……」
 ピクリと震えたハボックが頷いてグラスを置く。ほんの少し淋しそうな表情を浮かべるハボックにロイがハッとした時、料理が運ばれてきてハボックが笑った。
「いい匂い!なんか急に腹が減ってきたっス」
「そうか、どんどん食べていいからな」
「はいっ」
 にっこりと答えるハボックの空色の瞳をロイはじっと見つめた。


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