| 空色のカノン 第三章 |
| 「大佐、それではご自宅に────」 「ああ、いや。今夜はここでいいよ」 パーティーが終わってロイを自宅へ送ろうと言いかけたホークアイの言葉を、ロイは片手を上げて早口に遮る。僅かに見開かれた鳶色に、ロイは苦笑して言った。 「この後ブレダ少尉と約束があるんだ。ここに迎えにきてくれることになってる」 「ブレダ少尉と、ですか」 別段隠すことでもないのでロイが正直に告げれば、ホークアイが首を傾げる。相手がハボックと言うなら成程と思ったろうが、ブレダの名前が出たのがほんの少し意外だった。 「判りました。それでは私はこれで失礼します」 意外ではあるものの、何故と詮索するほどのことではない。ホークアイはそう言って一礼するとロイをおいてホテルのロビーから出ていった。 「まだ来てないのか」 ホークアイが出ていくとロイはロビーの中をグルリと見回してブレダの姿を探す。どうやらまだ来ていないらしく、恰幅のよい姿を見つけられずにロイはため息をついてソファーに腰を下ろした。 ロイの誘いを断り続けていたハボックが、その間ずっとブレダと過ごしていたらしいと知って正直ロイはかなりショックだった。友人が大切なのはロイにとっても同じだが、それならはっきりブレダと会うからと言ってくれればよいのだ。それを「用事がある」の一点張りでコソコソと会っていたのはどうしてなのだろう。ハボックに直接問い質すことが出来ずにブレダに聞けば今夜一緒に付き合って欲しいと言う。 (どこに連れていくつもりなんだ?そこで理由が判るというのか?) パーティーの間は必死に押さえ込んでいた疑問がグルグルとロイの頭を回り始めた時、不意に影が差してロイは俯けていた顔を上げた。 「すみません、大佐。かなり待ちましたか?」 「いや、ついさっき終わったところだ」 すまなそうに頭を掻いているブレダに答えてロイは立ち上がる。急かすようにホテルの出口に向かって歩き出すロイを追って歩きながら、ブレダは腕の時計を見た。 「慌てなくってもまだ早いくらいなんで」 「そうなのか?」 言われてロイは仕方なしに歩調を緩める。隣に並んで歩くブレダを見上げてロイは尋ねた。 「どこに行くんだ?」 「クレモナっていう店です」 「クレモナ?」 聞いた名を繰り返せば頭に浮かんだことをロイは口にする。 「クレモナというのは古い都市の名前だな。ストラディバリウスなんかの著名な弦楽器制作者を生み出したところだ」 ロイがそう言うのを聞いてブレダが短く口笛を鳴らす。何だというように視線を寄越すロイに、ブレダは笑って言った。 「流石大佐ですね。それが判ってるならこれから行くのがどんなところか判りますか?」 「どんな?……楽器店ではないよな」 この時間では楽器店はもう営業を終えているだろう。少し考えて、ロイは判らないと首を振った。 「俺たちの士官学校の同期にマートンって奴がいましてね、クレモナは奴の親父さんがやってる店の名前なんです」 「お前たちの同期生の親御さんが?」 友人の親が経営する店とハボックがどう関係あるというのだろう。不思議そうな顔をするロイに頷いてブレダはこっちだと角を曲がった。 「そこの店、生演奏が売りでしてね。有名どころ呼んだり、逆にまだ無名の奏者呼んだりして毎晩演奏やってるんです。あの店が切っ掛けで世に出ていった奏者もいるくらい、関係者の間では密かに有名な店なんですよ」 「へぇ」 そんな店がこのイーストシティにあるとは流石にロイも知らなかった。だが、そうと聞けば益々ハボックとの関係が判らずロイは首を傾げた。 「ここです、大佐」 丁度その時ブレダが言う声が聞こえて、目の前に地下に続く階段が現れる。『クレモナ』とかかれた小さな立て看板の横の急な階段を二人は地下へと降りていった。 「いらっしゃいませ」 厚い木の扉を開けて中に入れば店員がやってきて二人を席に案内してくれる。小さな丸いテーブルについて、ロイはきょろきょろと店の中を見回した。 照明を落とした店の中はブラウンを基調としたシックな佇まいだ。店の壁には楽譜を模写したものや演奏会と思しき写真が飾り付けられ、壁に取り付けられた幾つもの飾り棚にはガラスで出来たバイオリンや小人の楽団が飾ってあった。 「落ち着いたいい店だな」 店の中はほぼ満席で、客たちはグラスを交わし食事をしながら楽しそうに話をしている。注文を取りに来たウェイターにブレダがウィスキーと軽いつまみを頼むのを待って、ロイは尋ねた。 「それで?いい店なのは判ったが、こことハボックとどういう関係があるんだ?もしかしてバイトしてるとか」 ふとそんな考えが浮かんでロイは改めて店の中を見回す。だが、動き回る店員たちの中に金髪の長身の姿は見つけられず、ロイは眉を顰めた。 「厨房か?」 意外と料理上手なのを思い出して呟くロイをブレダが面白そうに見る。その視線が気に入らなくてジロリと睨むロイに、ブレダは苦笑した。 「おい、いい加減教えろ」 「まあまあ、直に判りますよ」 そう言って教えようとしないブレダにロイがムッとして問いつめようとした時。不意に店の灯りが落ちて、ざわついていた店内が静かになった。 「あ、ほら。始まりますよ」 ブレダがそう囁くのと同時に、天井から射した一条のスポットライトが店の中央を照らし出した。 |
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