| 空色のカノン 第二章 |
| 「おはよう」 「おはようございます、大佐」 「おはようございます」 ロイが司令室の扉を開けて中に入りながら声をかければ、既に自席についていた部下達から口々に朝の挨拶が返ってくる。チラリと視線をやった先の席がポツンと寂しげに主を待っているのを見てロイがため息をついた時、バタバタと廊下を駆けてくる足音が聞こえた。 「おはようございますっ、大佐」 「ハボック」 司令室の扉のところで立ち止まっているロイにハボックはにっこりと笑いかける。目を見開いて見上げてくるロイに、ハボックが首を傾げた。 「どうしたんスか?入らねぇの?」 「えっ?あ、ああ」 言われて慌てて中に歩を進めるロイの髪をハボックの大きな手が優しく掻き混ぜる。中に入ったロイを追い越すようにして自分の机にいくと、ハボックは机の上に立ててあった書類をガサガサと引っかき回した。 「おっと、これだ、これ」 目当ての書類を引っ張りだしハボックは短くなった煙草を灰皿に押しつける。書類を手に慌ただしく司令室から出ていこうとして、ハボックはロイの側に来て言った。 「演習行ってきます。帰ってきたらコーヒー淹れたげますから頑張ってくださいね」 そう言うとハボックはロイの頭をクイと引き寄せ、こめかみにチュッと唇を軽く押し当てる。“じゃあ”と手を振って出ていく背を見送って視線を部屋の中に戻せば、優しい部下達は朝っぱらからいちゃつく二人を、皆見てみない振りをしてくれた。 「なんか、普通だったな」 執務室に入ったロイは閉めた扉に背を預けてそう呟く。久しぶりに一緒に過ごせるとばかり思っていたのに冷たく袖にされて、夕べロイは正直相当落ち込んでいたのだ。一緒にいたいと思っていたのは自分だけだったのだろうかと、今朝もまたつれなくされたらどうしようと思っていたところ、普段と全く変わらないハボックの態度にロイはホッとため息をついた。 「仕方ないよな、ハボックにだって都合はあるだろうし」 幾ら自分の方が忙しい身だとはいえ、いつもいつもハボックに都合を合わせて貰うわけにはいかない。ロイは扉に預けていた背を起こすと、書類が積まれた机の前の椅子に腰を下ろした。 「さっさと片づけてしまおう」 ハボックがコーヒーを淹れてくれる時までにある程度済ませておけば、一緒に休憩もとれるだろう。 「よし」 ロイは早速書類の山に手を伸ばすと、ペンを手に中身に目を通していった。 「大佐ぁ、調子どうっスか?」 二時間半ほども過ぎた頃、軽いノックの音と共に執務室の扉が開く。コーヒーのいい香りと一緒に覗いた金色に、ロイは書類から上げた目を細めた。 「うん、いい感じ」 ロイは答えてペンを置く。コトリと机に置かれたカップを両手で包み込み、フウフウと息を吹きかけた。 「そっスか。ちゃんと頑張ったっスね」 ハボックは咥えていた煙草を手に持ち、もう一方の手でロイの頭を撫でる。優しい手の感触は気持ちいいと思ったものの、子供に対するような扱いにロイはほんの少し唇を尖らせてハボックを見た。 「当たり前だろう。お前、私をなんだと思ってるんだ」 「んー、ロイ・マスタング大佐。強くて美人でカッコいい、オレの上司」 「……それだけ?」 尖らせた唇を更に少し突き出してロイは言う。そうすればハボックがクスリと笑って突き出した唇にチュッと唇を合わせた。 「コーヒーの味がする」 「お前は煙草味だな」 そう言いあってクスクスと笑えばそれだけでロイの胸がほっこりと暖かくなる。もう一口コーヒーを飲んで、ロイは言った。 「昨日は残念だったけど、今日はどうだ?昨日言ってたワイン、お前に飲ませたくて────」 「あー、すんません。今日もちょっとオレ、用事があるんで」 言いかけたロイの言葉を遮ってハボックはそう言うと、ロイから体を離して煙草を灰皿に押しつける。 「じゃ、残りの書類も頑張ってくださいねっ」 「えっ?ちょ……ハボック!」 早口に言ってハボックはそそくさと執務室を出ていってしまう。 「ハボック」 バタンと閉まった扉を見つめて、ロイはガッカリと肩を落とした。 次の日もその次の日も、少しでもいいから一緒に過ごしたいとロイが声をかけるものの、そのたびハボックは用事があるからと逃げるように立ち去ってしまう。流石に“ハボックにも都合があるから”と思うにはいい加減続き過ぎて消沈したロイが廊下を歩いていると、休憩所の方から声が聞こえた。 「ブレダ、今日のメシ、なに食いたい?」 「チキンカツとデミグラスハンバーグ。あとエビフライ」 「……人の金だと思ってよく食うな」 「まだ俺の金だろ?立て替えてんだから。ちゃんと給料入ったら返せよ」 「もういいじゃん、そのまま払っといてよ、ブレダ」 「お前なぁっ」 そっと休憩所の中を覗けばハボックとブレダがじゃれ合うようにして話している姿が目に入る。仲が良さそうに笑いあう二人を見つめていたロイは、ギュッと拳を握り締めるとそっとその場を離れた。 「ブレダ少尉、ちょっと」 「あ、はい」 執務室の扉から顔を出したロイに呼ばれて、ブレダは書類を書いていた手を止めて立ち上がる。薄く開いたままになっていた扉の隙間から声をかけ、中に入るとブレダは扉を閉めた。 「なんでしょう」 大部屋で話さずにわざわざ呼びつけるとはどんな大事な用件なのだろうと、ブレダはロイが話し出すのを待つ。だが、ロイは机の書類をじっと睨んだまま口を開こうとしなかった。 「大佐?」 流石に焦れたブレダが促すようにロイを呼ぶ。そうすればピクリと震えたロイがブレダを上目遣いに見て言った。 「ハボックはここのところ毎日少尉の家に行っているのか?」 「えっ?」 「さっき休憩所で話していただろう?」 「あ」 言われてブレダはギクリとする。ロイはヤバイと書かれたブレダの顔をじっと見つめた。 「ここのところ幾ら誘っても用事があるって断られた。ハボックは私といるより少尉といる方が楽しいのか?」 そう言うロイは唇をへの字に結び今にも泣き出しそうだ。ブレダはボリボリと頭を掻いて言った。 「そんなわけないですよ。現にアイツ、俺といたって大佐の話ばっかりですから」 ここ数日、部屋を貸す代わりにハボックに夕飯を作らせ一緒に食べていたのだが、食事の間の話題と言えばロイのことばかりで正直ブレダとしては食べたものが胃にもたれて仕方がなかったのだ。 「でも……」 ハボックがロイのことばかり話していると聞いても元気のないロイに、ブレダは一つため息をついて言った。 「判りました。じゃあ、大佐。明日の晩俺にちょっとつきあって貰えますか?」 「明日?明日はパーティが……いや、パーティよりハボックの方が大事だ」 仕事上サボるわけにはいかない席だが、ハボックと秤にかければどちらが重いかは考える必要もない。 「ああ、大丈夫、パーティの後でも十分間に合いますから。ロンバルディアホテルでしたね。終わる頃に迎えに行きますから」 「……判った」 にっこり笑って言うブレダに、ロイは不安に思いながらも頷いた。 |
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