| 井筒 第八章 |
| 「離せッ!離せと言ってるんだッ!!」 「嫌。離して欲しければ自分で抜け出せばいいっしょ?」 そう言って薄く笑うハボックにロイはカッとなるとがむしゃらにもがく。だが、ハボックの力強い腕はロイの抵抗などものともしなかった。 「離せ、ジャンッ!!」 「だから嫌だって言ってんでしょ。オレ、もうロイを離す気、ないっスよ」 言って見つめてくる空色の瞳が浮かべる獰猛な色に、ロイは身を竦ませる。目を大きく見開いて自分を見つめてくるロイにハボックは優しく笑いかけた。 「別にとって食おうって訳じゃないっスから、そんな顔しないで、ロイ」 ハボックはそう言ってロイの頬を撫でる。その姿も口調も、自分が知っていた頃の子供っぽいそれとは全然変わって、男くささを感じさせるハボックは別人のようだった。 「ロイ、全然変わってないっスね。相変わらず綺麗」 そんな風に言われてロイはムッとしてハボックを睨みあげる。 「綺麗って言うのはなんだっ!それは女性に言う言葉だろうがッ!大体お前の方こそ……にょきにょき伸びて、ガラ悪いしッ!」 別れた頃はこんなに見上げはしなかったはずだ。それが何だか悔しくてそう言えばハボックが困ったように笑う。 「成長したって言ってよ。これでもロイに相応しい男になるように頑張ったんスから」 ハボックはロイをじっと見つめて言った。 「セントラル行ってオレなりに頑張ったつもりっス。アンタ、オレが子供だって言ってたけどもうそんな事言わせない。ねぇ、ロイ。まだヒューズとか言うヤツと付き合ってんの?オレ、もうあの人に負けない自信、あるから」 そう言って見つめてくる空色の瞳にロイは目眩がする。ハボックはロイを抱き締める腕に力を込めると言った。 「ロイ、オレ、アンタが好――」 ハボックが想いを込めて言葉を口にしようとした時、ガチャリとノックもなしに突然扉が開いた。その音にハッとして二人が扉に目をやれば、常磐色の瞳が驚いたように二人を見ていた。 「ありゃ。コイツはお邪魔だったみたいだな」 ヒューズはおどけた様な口調で言う。ハボックはロイを背後に庇うようにして立つとヒューズを睨みつけた。 「邪魔だと思ってんならさっさと出て行ってくださいよ」 怒りを込めて睨んでくる空色の瞳にヒューズは顎を突き出すとニヤリと笑う。後ろ手で扉を閉めると言った。 「他所の男が俺の持ちもんに手、出してんの見て黙って出て行けると思うわけ?」 ヒューズの言葉にハボックは目を見開く。ギュッと唇を噛み締めて射殺すような視線でヒューズを睨んだ。 「何言ってるんだ、ヒューズ!私がいつ、お前の持ち物になったって――……ッッ」 一方ロイは聞き捨てならないと声を上げてしまってからハッとする。ハボックを遠ざける為にヒューズと恋人のフリをしたんだったと慌てて口を噤んだが、それをしっかりと聞き止めていたハボックがロイを振り向いて言った。 「どういうことっスか?それ……ロイ?コイツと恋人同士なんでしょ?」 ハボックの質問に答えられず視線を彷徨わせるロイの代わりにヒューズが口を開く。 「俺とソイツが恋人同士だったことなんてねぇよ。大体俺は妻子持ちだ」 「…ヒューズッ!」 肩を竦めてそう言うヒューズと慌てたように声を上げるロイを見比べてハボックは目を見開いた。状況がよく判らず、ハボックはヒューズをじっと見つめると尋ねる。 「どういう意味か説明してもらえるっスか?」 「俺が?」 「ロイに聞いたってどうせちゃんと答えやしないでしょうから」 キッパリと言い切るハボックにロイは言葉に詰まり、ヒューズはクスクスと笑い出した。ヒューズは扉に背を預けてハボックを見つめると言う。 「俺と付き合ってるなんざ、お前を遠ざける為のロイのいい訳だよ。ホントは好きで好きで堪らないくせに意地っ張りだからな、コイツは」 「ヒューズッ!!」 「もしかしたらお前さんがロイを好きになる前からお前の事を好きだったかも知れないぜ?」 「やめろッ!!それ以上、言うなッ!!」 ロイは悲鳴のような声を上げると両手で顔を覆った。肩を震わせるロイと呆然とロイを見るハボックに微かな笑みを浮かべるとヒューズは言った。 「ロイの全部、ちゃんと受け止められるような男になったんならロイの手を取って離すな。そうでなければセントラルに――」 「帰りませんよ。アンタに言われるまでもないっス」 キッとヒューズを睨みつけてハボックが言う。その瞳に宿る意志の強さにヒューズはニヤリと笑った。 「んじゃ、俺の愛娘、嫁に出してやる。よろしく頼むわ」 ヒューズはそう言うと軽く手を振って部屋を出て行く。ハボックは思い切り顔を顰めると呟いた。 「何が愛娘だ。気色の悪い…」 そう言ってヒューズの事は頭から締め出してしまうとロイを見下ろす。顔を覆って小さく縮こまるように身を屈めているロイの肩をそっと掴んだ。その途端、ビクンと震えるその体をグイと引き寄せる。ロイの両手首を掴むと強引に顔から引き剥がした。 「ヤダ…ッ」 「オレの顔、見て、ロイ」 ハボックがそう言えばロイは意固地になったように目をギュッと引き瞑る。絶対に目を開けまいとするロイにハボックは苦笑した。 「アンタが意地っ張りで頑固だってこと、よく知って筈なんスけどね…」 ロイの頬を撫でると続ける。 「アンタがオレをどう思ってたか、判ったのは嬉しいっスけど、でもオレ、やっぱりアンタの口から直接聞きたいっス。……ねぇ、ロイ」 頬を撫でていた手でロイの顔を包み込んで言った。 「今度ね、高校最後の試合があるんスよ。それ、見にきてくれません?アンタの為にシュート決めるから、だから見に来て?試合の後にもう一回ちゃんと好きって言うから、そうしたらアンタの返事、聞かせて欲しいっス」 頑なに目を閉じたままのロイの体をハボックはギュッと抱き締める。顎をすくい上げると唇を重ね、舌を絡めた。それからロイの体を離すともう一度その頬を撫でる。 「今日は家泊まって明日一度セントラルに戻ります。試合は一週間後っスから」 ハボックはそう言うとロイから手を離した。外していたサングラスを取り出してかけるとニヤリと笑う。 「じゃあ、家でね、ロイ」 それだけ言ってハボックは部屋を出て行った。パタンと扉が閉まる音が聞こえたのと同時にロイは引き瞑っていた目をそっと開ける。フラフラと歩くと倒れるように椅子に座り込む。何度もハボックに口付けられた唇を手のひらで覆った。 「ヒューズの馬鹿野郎…ッ」 ずっと隠し通してきた想いを曝け出されてロイはポロポロと涙を零す。だが、一度知られてしまえばそれ以上嘘などつけるはずもなく、己の胸を占めるのが不安なのかはたまた期待なのかよく判らぬまま、ロイは涙を流し続けた。 「アンタももう卒業なのね」 夕食を一緒に食べながら母親がしみじみと言う。もうすっかり男の顔になったハボックを見つめた。 「突然セントラルに行くって言い出したときはどうしようかと思ったけど」 「心配かけてごめん、母さん」 大きな体をすぼめて言うハボックに母親が笑う。 「いいのよ、それより今度の試合がいよいよ高校最後の試合ね。絶対応援に行くから。ね、ロイ?」 今度こそ一緒に行くだろう、と無言の圧力をかける母親にロイは困ったように目を伏せた。ハボックはそんなロイを見つめていたが口を開いて言う。 「さっき、ちゃんと応援に来てくれるって約束したから。ね、ロイ」 「私は…ッ」 ハボックの言葉にパッと顔を上げたロイは、ハボックの強い視線に再び俯いてしまう。キュッと唇を噛み締めると乱暴な仕草で立ち上がった。 「ロイ?」 不思議そうに見上げる母親に言い訳するように言う。 「ちょっと疲れてるから先に休むよ」 早口にそれだけ言うとそそくさとダイニングを出て行こうとした。その背にハボックの声が飛ぶ。 「ロイ、約束、忘れないでね」 「…ッ」 その声に答えずロイはダイニングから逃げ出すように出ると2階への階段を駆け上がった。部屋に飛び込みバタンと閉めると背を扉に預ける。そのままズルズルと床に座り込むとぼんやりと天井を見上げた。 (約束、忘れないでね) ハボックの言った約束が単に試合を見に行くということでないのはロイにもよく判っていた。 (アンタの返事、聞かせて欲しいっス) そう言ったハボックの言葉は唯一つの答えしか赦さない響きを帯びていて。 ロイはギュッと膝を抱え込むと顔を埋めた。 |
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