| いつか帰る場所であるように 第七章 |
| 「あっ、大佐っ!どこ行ってたんですかっ!」 司令室の扉を開けた途端、フュリーの悲鳴のような声が聞こえて小柄な曹長が突進してくる。ガシッとロイの腕を掴んで言った。 「総務に行くとか言っちゃって、もう絶対離しませんからねっ」 良いように騙されてロイに逃げ出されたおかげで大変だったのだろう、眼鏡の中の目を吊り上げて言うフュリーにロイは降参とばかりに両手を上げる。ちょうどそこへ司令室の扉を開けてホークアイがやってきた。 「大佐」 ロイの顔を見るなり冷ややかな声で言うホークアイに、ロイはにこやかに笑ってみせる。普通の女性ならクラリとくる笑顔もホークアイには全く役に立たなかった。 「どちらに行かれてらしたんですか?」 「ちょっと陣中見舞いに」 そう答えればホークアイため息を一つつく。 「部下の様子を気遣うのも上官としての務めではありますが、そう言うことはご自分の責務果たしてからになさって下さい」 ビシリと言い放ってホークアイはロイを睨んだ。いかにも申し訳なさそうな表情を作って見せたロイは執務室に行きかけて自分が握り締めていたボトルに気づく。ホークアイが来て漸く腕から手を離したフュリーにそれを差し出して聞いた。 「このミネラルウォーターはこの辺で打ってるのか?」 フュリーは差し出されたボトルの青いラベルを見て答える。 「ああ、これなら司令部の売店にも売ってますよ。買ってきましょうか?」 「頼むよ。暑い中歩いてきたら喉が渇いてしまってね」 「わかりました」 フュリーは答えて司令室を出ていく。その背を見送って、ロイはホークアイの視線にせっつかれるように執務室へと入っていった。 「そろそろ休憩してメシにしよう」 ハボックの声に隊員達がホッとしたように呻く。ハボックは買い出しに行くという隊員に自分の分の弁当も頼んで、積み上げた土嚢の上に腰を下ろした。 「はー、あっつ…」 ため息とともに言葉を吐き出して首に巻いたタオルで顔をガシガシとこする。ズボンのポケットからミネラルウォーターのボトルを出そうとしてないことに気づいた。 「そうだ、大佐にあげちゃったんだっけ…」 そう呟いて手近の部下に「水ーっ」と叫ぶ。放り投げられたボトルを器用に片手で受け取ると、キャップを開けてゴクゴクと飲んだ。 「はあ、生き返る…」 照りつける陽射しの中、乾ききった細胞のひとつひとつに染み渡るようで、ハボックは大きく息を吐き出す。そうすれば、やはり美味そうに水を一気飲みしてしまったロイのことが思い出されて自然と唇に笑みが浮かんだ。 「このくそ暑い中こんなとこまで来るんだもんな」 よっぽどサボりたかったんだろうか、と思ったハボックの脳裏にロイの言葉が浮かぶ。 『陣中見舞いに来てやったに決まってるだろう』 いつものように偉そうな態度で言うその顔さえもはっきりと浮かんでハボックは微かに笑った。 (オレに会いにきてくれたんだったらいいのに…) 不意に沸き上がったそんな考えにハボックは目を瞠る。 「なに考えてんのっ、オレ…っ」 思わずそう口走ってしまったハボックの頭上から不思議そうな声が降ってきた。 「どうかしたんですか、隊長?」 「えっ?!」 その声に驚いて顔を上げれば買い出しを頼んだ部下が立っていた。 「やっ、なっ、なんでもないっ!!」 大慌てで顔の前で両手を振ってみせるハボックを部下は訝しげに見おろす。ハボックはへらりと笑って言った。 「飯!買ってきてくれたんだろうっ、ありがとうな」 「え?ああ、はい。これ、隊長の分です」 そう言って差し出されたサンドイッチの包みを受け取る。部下が向こうへ歩いていくのを待って包みを開けるとカプ、とサンドイッチに噛みついた。 「あ、大佐の好きなヤツ」 口に広がるマヨネーズを和えた卵の味にそう呟いてしまってから慌てて首を振る。 「どうかしてる、オレ……」 ロイのことばかりが浮かぶ頭をブンブンと振りたてて、ハボックはその面影を頭から追い出そうとした。 「失礼します」 ノックの音に読んでいた書類から顔を上げればフュリーが入ってくる。その手にミネラルウォーターのボトルがあるのを見ると、ロイは手にしていたペンを置いた。 「どうぞ」 「ありがとう、わざわざすまなかったな」 「いいえぇ、逃げ出されるよりはなんぼかマシですから」 無邪気な顔でそう言うフュリーにロイは顔を顰める。キュッとキャップを開けたロイは二口三口飲んだところでやめると、手にしたボトルをまじまじと見つめた。 「どうかしましたか?」 「いや……ちょっとな」 さっき飲んだ時はもっと甘かったように思えた。だが、今飲んだこれはどうという事もないただの水だ。 「この水はいくつか種類でもあるのか?」 「いえ、一種類ですけど。違うの買って来ちゃいましたか?僕」 慌てるフュリーにロイは首を振る。 「いや、間違ってないよ。変なことを言ってすまなかった。ありがとう、曹長」 ロイが笑ってそう言えばフュリーはホッとしたように笑って執務室を出ていった。パタンと扉が閉まったのを見て、机の上のボトルに視線を戻す。ロイはボトルを手に取るともう一口だけ飲んでみて、やはりと顔を顰めた。 「さっきは炎天下の下歩いた後で飲んだからか…?」 だが、それを言うなら帰りだって同じ条件だ。それでも味が違って思えるのは何故だろう。 「さっぱり訳が判らん」 ロイはそう呟くとペンを取り再び書類に目を通し始めたのだった。 「終わったーっ」 「あー、帰ろ、帰ろ」 シャワールームで汗と泥を流した男たちがやれやれとのびをする。その中に混じって着替えをするハボックに部下の一人が言った。 「隊長、今日はもう上がりですか?」 「うんにゃ、後もう一声。報告書も書かなきゃだし」 苦笑してそう言うハボックに部下たちが気の毒にと声をかける。それじゃあ一足お先にと、ロッカールームを出ていく部下たちに軽く手を振ると、ハボックも司令室へと歩きだした。 「あーあ、オレも帰りてぇ…」 ボソリとそう呟いて中庭へ続く扉の前を通り過ぎようとした時。 「あの……ハボック少尉」 遠慮がちにかかった声にハボックは立ち止まった。声の聞こえた方を向けば最近総務へ配属になった女性が立っている。何事かと近づいていけば、女性は小首を傾げてハボックを見上げた。 「すみません、ちょっといいですか?」 「別にかまわないけど」 どうせ今日は残業で、今更慌てたところで大して変わりがあるわけではない。ハボックが女性の後について扉から出ると、女性は数歩行ったところで振り向いた。ちょっと迷うように視線を俯けていたが、意を決したようにハボックを見上げる。 「あの、お願いしたいことがあるんですけど」 「なに?オレにできることならするけど」 そう言って見つめてくる空色の瞳に少し安心したように笑うと女性は手にしていた封筒を差し出した。 「これ、マスタング大佐に渡していただけませんか?」 「えっ?」 ハボックは目を見開いて差し出されたものを見る。小花をあしらった淡いクリーム色の封筒はどう見てもラブレターと思われるもので、ハボックは見開いた目を更に大きく瞠った。暫くなにも言わずに封筒を見つめていたが、ハボックはひとつ息を吐き出して言う。 「こういうものは本人に直接渡した方がいいよ」 「それは判ってますけどっ、でも、マスタング大佐とお話する機会なんてなかなかないし……。ハボック少尉なら直属の部下だからいくらでも話す機会、ありますよね?」 「そりゃそうだけど……」 「お願いしますっ」 女性は叫ぶように言うと、ハボックの手に封筒を押しつけて走り去ってしまった。 「あ、ちょっと!」 引き留めようとかけた言葉にも振り返らず建物の中に消えてしまった女性にハボックは思い切り舌打ちした。 「なんだよ、人に押しつけてっ、まだ渡してやるとも言ってないのにっ!」 ハボックは吐き捨てるように言って手にした封筒を高々と振り上げる。地面に叩きつけ様としたものの、結局はできずに腕を下ろした。 「なんでオレがこんなもの大佐に渡さなきゃなんないのさ」 ありったけの想いを綴ったであろう手紙。それを自らの手でロイに渡すのかと思っただけでムカムカと込み上げてくる吐き気に、ハボックは唇を噛み締めた。 「なんでオレが…っ」 不意に沸き上がる胸の痛みに、ハボックは手にした封筒をギュッと握り締めた。 |
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