| いつか帰る場所であるように 第三章 |
| 「ああ、うまかった」 ハボックはそう言ってソファーの背に体を預ける。ほぼ同時に食べ終えたロイも満足そうなため息を漏らした。 「旨かったな、つい食べ過ぎてしまった」 ごちそうさま、と腹を撫でるロイの、普段外で見せるよそいきの澄ました顔とはまるで違う表情にハボックはくすりと笑う。ハボックは体を起こすと言った。 「食後のコーヒーでも淹れましょうか?」 そう言って立ち上がりかけるハボックをロイが引き留める。 「夕飯のお礼にコーヒーは私が淹れてやろう」 「へ?そうっスか?んじゃ遠慮なく」 ハボックはそう言うと浮かしていた腰を戻す。入れ替わりに立ち上がったロイが執務室を出ていくのを見送った。ロイがコーヒーを淹れている間にテーブルの上の空になったパックを片づけていく。ちょうど粗方片づけたところでロイが戻ってきた。 「待たせたな」 「いえ、今片づけ終わったとこっスから」 ハボックはそう言いながら空になったパックを入れた紙袋を脇に置く。そうすればロイがコーヒーの入ったマグをハボックの前に置いた。何も入れていないブラックコーヒーのカップをハボックが見つめる。自分用のミルクも砂糖もたっぷり入ったそれを手にして腰を下ろしたロイが言った。 「ブラックでよかったんだろう?確か前に私のコーヒーを見て信じられんとか何とか言ってなかったか?」 ハボックだけが自分の好みのコーヒーを淹れられるのが何となく悔しく、確かめもせずにカップを置いてしまったことが何だか後ろめたく思える。心配になってそう尋ねればハボックがにっこりと笑った。 「よく覚えてたっスね、そんなこと。大佐、他のみんなのコーヒーの好みも知ってるんスか?」 「…まあな」 そう答えはしたものの、ロイはつきあいの長いホークアイですらどんなコーヒーを飲むのか知らないことに気づく。だが、それを口にはせずにロイはハボックに言った。 「いつもメシはああいうデリなのか?」 「そうっスね。作るの、嫌いじゃないんスけど、一人分作るのが億劫で。流石に給料日前で懐寂しくなると作りますけど」 「できるのか?料理」 「まあ、一通りは」 ハボックはそう言ってコーヒーを一口啜る。僅かに眉を寄せると反対に尋ねた。 「そう言う大佐は外食ばっかり?」 「……どうして“作っているのか”、と聞かん」 「だって大佐が作ると思えねぇし」 さらりと酷いことを言うハボックをロイは睨む。だが否定もできずに拗ねたように言った。 「お前の作るメシは壊滅的だから作るな、とヒューズに言われたんだ」 「……なるほど」 ハボックは至極納得したと言う顔で頷く。 「じゃあやっぱり外食ばっかりなんスね」 「残念ながら作ってくれる人もいないんでな」 ロイがそう言えばハボックが意外そうに言った。 「いない?だってガールフレンドならいっぱいいるでしょう?」 「…お前、女性相手に簡単に食事を作りにきてくれと言えるか?」 「……言えないっスね」 確かに女性にそんな事を言ったらいらぬ誤解を招きかねない。ロイは手の中のカップを弄ぶように揺らしているハボックに向かって言った。 「なんならお前が作りにきてくれるか?」 「は?オレ?」 「一人分作るのは億劫でも二人分ならそうでもないんだろう?」 何故いきなりそんな事を言い出してしまったのか、ロイにも判らない。だが、気がつけばスルリと言葉が口から出ていて、今更否定するのも妙な気がしてロイはハボックの返事を待った。 「そっスね。別に構わないっスけど」 「……本当か?」 「あ、でも食費は折半にしてくださいね」 その辺はしっかりとハボックが言う。ロイはニヤリと笑うと言った。 「お前が作ってくれるなら食費は私が出そう」 「え?マジっスか?じゃあ、作ります!」 やった、食費が浮く、と顔を輝かせるハボックにロイはくすりと笑う。 「じゃあ食費は私持ちで作るのはお前。勿論残業や夜勤の時は作る必要はない。外食の約束がある時も、だ。それでいいか?」 ロイの提案にハボックはコクコクと頷いた。やったね、とパンッと手を合わせたハボックはロイに言った。 「んじゃ、纏まったところでコーヒー淹れなおしてきますね」 「…え?」 キョトンとするロイにハボックが苦笑する。 「アンタこれ、コーヒー何杯入れました?苦くて飲めませんよ。ヒューズ中佐の言うこと、守って正解っス」 そう言って執務室を出ていくハボックの背をロイは睨みつけた。 「なにを言う、これだって旨いんだぞ」 言うなり手にしたカップをガブリと呷ったロイは、ミルクと砂糖を入れてすら強烈に苦いそれに目を白黒させたのだった。 「あれ?」 ここのところ大した事件もなくて、今日も定時に上がったブレダは司令部の廊下を歩きながら目にした姿に声を上げる。普段あまり縁のない古い資料ばかりを集めた第一資料室から出てきたのは、早番でとっくに上がったはずのハボックだった。 「ハボ!」 廊下を自分と同じ方向に向かって歩き出す背の高い後ろ姿にブレダは呼びかける。ぬぼーっとした顔で振り向いたハボックは、声をかけたのがブレダだと判ると足を止めた。 「あ、ブレダ。今あがり?」 「ああ、お前はとっくに帰ったんじゃなかったのかよ」 疑問に思ったことをすぐさま口にすればハボックが肩を竦める。俯き加減に黙り込むハボックの顔に、ブレダはピンと来て言った。 「また例の事件の資料、探してたのか?」 「あ、うん、まあ…」 ブレダの問いにハボックは曖昧に答える。ブレダはそんなハボックに歩き出しながら言った。 「もう散々探したんだろう?」 「うん、でもまだ漏らしてるところがあるかもしれないし。ここの司令部のは全部チェックできてないから」 会話を交わしながら二人は司令部の建物を出る。途端に冷えた空気が身を包んで、二人はそれぞれに首を竦めた。 「あの頃は終戦間際で混乱してたから資料も殆ど残っちゃいねぇだろ?もういい加減諦めた方がいいんじゃねぇのか?」 ブレダの言葉にハボックが黙り込む。その険しい横顔を見てブレダはそっとため息をついた。 士官学校時代、ブレダはひょんなことからハボックが両親の敵を探しているのだと知った。終戦間際の南部の町で、ハボックの両親がアメストリス軍の軍人に殺されたというのだ。たまたま外出していて難を逃れたハボックが帰ったときには、家は業火に包まれて両親はその焔の中で死んでしまったのだという。その後、ハボックは母方の伯父に引き取られ、両親を殺した敵を探すために軍人になったのだと聞いたときには心底びっくりしたと同時に、いつも明るいこの男にそんな過去があったのが意外だった。 「諦めろって、そんな簡単に諦められるわけないだろ」 黙り込んでいたハボックがボソリと言う声にブレダは足下を見ていた視線をあげる。ハボックは眉間に深い皺を刻んで言った。 「父さんも母さんも何も悪い事なんてしてなかった。軍人に殺される理由なんてなかったんだ」 ハボックは低く平坦な声で言う。足を止めたハボックに習って立ち止まったブレダを見つめて言った。 「オレが帰った時、家は焔に包まれてた。真っ赤に燃え盛る焔が家を包み込んで……。その中から絶叫が聞こえたんだ。それって、その時まだ父さんか母さんか、もしかしたら二人とも生きてたってことだろう?生きたまま焼き殺されるなんて…。なんでそんな死に方しなきゃならなかっただよ。二人とも何も悪いこと、してないのにッ!!」 「ハボ…」 血が出るほど唇を噛み締め、握り締めた手を震わせるハボックにブレダはため息混じりに言う。 「気持ちは判るけど、その男の顔、よく覚えてないんだろ?」 以前聞いた話を思い出してブレダが言えばハボックは唇を突き出して答えた。 「見れば判る」 「ハボ」 「確かに涙と焔と煙でよく見えなかったけど、父さんと母さんの敵なんだ。見れば絶対に判るッ」 吐き捨てるように叫ぶハボックにブレダは何と言っていいか判らず黙り込む。何とか言葉を探して声をかける前に、握り締めた手をさらにギュッと握り込んでハボックが言った。 「帰る」 「え?おい、ハボ」 「じゃな、ブレダ」 そう言うなりハボックはブレダを置いて走り出す。 「ハボック……」 ブレダは夕闇の中、瞬く間に見えなくなった背の高い姿を見送って、深いため息をついたのだった。 |
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