| いつか帰る場所であるように 第二十九章 |
| 「だってその話が本当なら、大佐はハボの両親を殺したりしてないじゃないですか!むしろハボの母親の最後の願いを聞いてやったわけでしょう?」 ブレダはファルマンの心配を打ち消すように言う。そうだと言って欲しくてじっと見つめてくるブレダの視線を頬に感じながら、ヒューズは言った。 「ロイはあの時彼らを救えなかったことでずっと自分を責めてる」 そう言って前方を睨むようにまっすぐに向けていた常盤色の視線をブレダに向ける。 「責めてるんだよ、ずっとな」 「……でも、話聞いた限りじゃ大佐にはどうしようもなかったでしょう?大佐は少しも悪くありませんよ!」 「それでもアイツは自分を責めてる。そういう奴なんだよ」 ヒューズはそう言って目を瞑る。そうすれば脳裏にあの日見た幸せな家族の写真が浮かんでそっとため息をついた。 「ハボック少尉がサラ・ウォーレンの息子と判ったら尚更だったんだろう。……なあ、少尉。ロイとハボック少尉は付き合ってんだろ?」 「「えっ?!」」 ヒューズの言葉にブレダだけでなくハンドルを握るファルマンからも声が上がる。ブレダは少し迷うように考えたが、唇をキュッと噛んで言った。 「たぶん。はっきり聞いたことはないですけど」 言われてみればそうだと伺える言動が端々にあった。二人の間にどういうやりとりがあってそういうことになったのかは判らなかったが、それでも両親を亡くして心にぽっかり空いた穴を抱えて生きてきたハボックが、愛する相手に出会えた事で得られたものはどれほど大きいものだったろう。そうして、その相手がずっと自分が探してきた仇かもしれないという事実を突きつけられた時のショックは想像に難くない。 『……否定して欲しかったのに』 『違うって、そう言って欲しかったのに…っ!』 あの時の血を吐くようなハボックの声が蘇って、ブレダは言った。 「ちゃんと真実を話してやるべきです、大佐は」 「俺もそう思う。その事で辛い思いもするかもしれない。それでも知るべきだと俺は思う」 きっぱりと言うヒューズの言葉にブレダもファルマンも頷く。 「急ぎましょう。今ならまだ間に合う」 ファルマンはそう言ってアクセルを踏む足にグッと力を込めた。 ゼイゼイと息を弾ませる馬の背からロイは滑るように下りる。その首を労るように撫でてやりながら言った。 「すまなかった、無理をさせたな。目的地はもうすぐそこだ、ここからは歩いていこう」 ロイはそう言って手綱を手に取ると馬を引いて歩き出す。 実際サウス・バウンズの町はもうすぐそこで、目の前の小さな丘を登れば見えてくる筈だった。 ロイは手綱を引いて歩きながらハボックの事を思い浮かべる。あのはにかむように笑う顔を、ひとりぼっちで震えていた魂を、守ってやりたいとロイは思う。今自分がしようとしている事が果たしてハボックを守ることに繋がるのか、ロイは判らぬままにサウス・バウンズ目指して歩き続けた。 ハボックは膝の上に顔を埋めたまま、膝を抱く腕に力を込めて身を縮める。いっそこのまま小さく萎んで消えてしまえばいいのにと思ってため息をついた。 「あの日、学校なんかに行かなきゃ、オレも一緒に死ねたかもしれないのに……」 忘れ物を取りに行ってくる、と家を離れたほんの僅かな間に全ては自分を置き去りにして逝ってしまった。 ハボックが後悔に満ちた深いため息をついた時、その声は聞こえた。 「だが、お前の母親はお前に生きていて欲しいと思っていた。それがお前にとっての運命だろう、と」 「…ッ?!」 よく通る声に弾かれたようにハボックは顔を上げた。そうして目の前に立つ男の姿に息を飲む。熱気を孕む風が吹き抜ける中、ハボックは呆然として男の黒い瞳を見つめていた。 「見えた!サウス・バウンズです!」 ハンドルを握るファルマンが叫ぶ。前の座席に身を乗り出すようにしてヒューズとブレダは前方に迫る町を見つめた。 「急げっ!ファルマン!急いでくれッ!!」 その声にファルマンはアクセルを目一杯踏み込む。クン、と後ろに体を持って行かれながら、ヒューズとブレダは目の前の町で対峙しているであろう二人の姿を思い浮かべた。 「頼むから馬鹿なことだけはしてくれるなよ、二人とも…」 低く囁くようなヒューズの声に、ブレダはグッと拳を握り締めた。 「たいさ……」 どれくらいたったのだろう。ハボックの唇から声が零れる。告げたい事はたくさんある筈なのに、胸に渦巻く想いを言葉にする術が判らず、ハボックはただロイを見つめ続けた。暫くの間二人は何も言わずに互いの顔を見つめあっていたが、やがてロイは手を後ろに回した。何をするのだろうと見つめるハボックの前に、ロイはベルトから外したナイフを差し出す。その鈍い輝きに目を瞠るハボックに向かって言った。 「お前がしたいようにすればいい。抵抗をするつもりもないし、遠慮もいらん」 ロイはそう言ってナイフをハボックの足下に置く。そのまま片膝をついてハボックの前に跪いた。 「………説明してくれないんスか?」 まっすぐに見つめてくる黒い瞳を見返してハボックは尋ねる。 「説明も、言い訳もしてくれないんスかッ?!」 吐き捨てるように言った言葉にロイは無表情に答えた。 「したところで何も変わらない」 「オレはちゃんと大佐の言葉で聞きたいんスっ!!」 「聞いてどうする?聞いてお前の両親が生き返るわけではないだろう?」 そう言えば見開く空色の瞳にロイは言った。 「ずっと仇を探してきたと言っただろう?探して必ず殺すと言っていたじゃないか。だったら私を殺せばいい」 「たいさ…」 「殺して、そしてお前はそこから解放されろ、ハボック」 ロイの言葉にハボックは食い入るように男を見る。ロイはハボックの足下に置いたナイフを拾い上げるとハボックの手を取りその上に置いた。そうしてハボックの手を包み込むようにしてナイフを握らせる。 「もう解放されていいんだよ、ハボック。もう十分だ。過去を断ち切って未来に進め。そこにはきっとお前と共に歩む相手が待ってる」 そう言ってロイはナイフを握るハボックの手をポンポンと叩いた。促すような励ますようなその手の動きに、ハボックは握り締めたナイフを見る。そうしてロイを見つめるとゆっくりと腕を振りかざした。 「着いたはいいけど何処にいるんだっ?!」 車を町の入口に乗り捨て3人はきょろきょろと辺りを見回す。ブレダはハボックの姿がどこかに見えないかと目を皿のようにして見回しながら言った。 「中佐っ、どっか心当たりないんですかっ?二人が行くような場所!」 「心当たりったって、少尉の家はとっくになくなってるしな……」 家が残っていればそこに行くことも考えられるが、そもそも事の発端となったその家は燃えてしまっている。今そこに行く意味はないだろうと必死に頭を巡らせたヒューズは「あ」と常盤色の瞳を見開いた。 「墓地だ」 「えっ?」 「墓だよ、墓!少尉の両親が埋葬された墓があるんじゃねぇか?元々この町に住んでいてこの町で亡くなったんだ。わざわざ他の町に移して埋めるなんて事はしないだろう?」 その言葉を聞いた途端、ブレダは一番近くに建っていた家に走っていくとその扉を乱暴に叩く。驚いて出てきた住民に噛みつくような勢いで墓地の場所を聞くと、腕を振って道を示した。 「中佐っ、あっちです!!ここから10分くらいのところだって!」 「よしっ、行くぞ、准尉!」 「はいっ」 3人は頷き合うと一目散に墓地目指して駆けていった。 |
| → 第三十章 |
| 第二十八章 ← |