いつか帰る場所であるように  第二十四章


「ロイ、サウス・バウンズに行くって?」
「ああ、この間から問題になってる例の爆弾、あそこが出所らしい」
 ロイはそう言いながら発火布を取り出し手にはめる。それを見ていたヒューズが不満そうに眉を顰めるのを見て続けた。
「場合によっては危険物を排除しろとの命令も出てる」
「またお前にかよ…ッ」
 ロイの言葉にヒューズはバンッと机を叩く。激昂するヒューズとは対照的に酷く冷めた顔つきで立ち上がるロイにヒューズは言った。
「待て、ロイ。俺も行く」
「……お前はこの案件に直接関わっていないから無理だろう?」
「たとえ無理だろうが絶対に行く」
 ヒューズがそう言うなら意地でも一緒についてくるだろう。ロイは肩を竦めてヒューズに言った。
「あと1時間したら出発する。来なかったら置いていく」
「1時間だな、判った。それより前に出発するなよ、いいな、ロイ!」
 ヒューズは指を突きつけてそう言うと部屋を飛び出していく。ロイはその背中を見送って一つため息をついた。

 ここひと月あまりの間、妙な爆弾が出回っていた。それを爆弾と呼んでいいのなら、という前提だが。
 ある構成式に基づいて作られた物質を生き物の血液中に混入すると、もの凄い勢いで活性化する。活性化した血液のおかげでその血液を与えられた生き物は一見とても元気になったように見えるが、それは瞬時のまやかしに過ぎず、一定の期間を過ぎるとまるで花が散るようにその命を終えてしまう。だが、その命が尽きる前にその生き物が怪我をするなどしてその血液が体外に零れた時、空気に触れた瞬間血液は焔と化して燃え上がるのだ。
 その事を知ったテロリスト達は目の色を変えた。何故ならその物質があれば爆弾などという目立つものを持ち歩く必要もなく破壊工作が可能になるからだ。彼らは躍起になってその“爆弾”で死んだ動物からその物質の構成式を割だそうとしたが、死んだ個体からはどうしても構成式を知ることができなかった。その構成式を知るのはそもそもその物質を作り出した科学者のみだった。
 ロイには知る由もないことだったが、科学者がその物質を作り出したのはそもそも別の目的のためだった。別の目的の為の薬品を作り出す課程で偶然その物質を作り出したに過ぎなかった。別の目的───すなわち彼の妻の病気を治す為の方法を探す為に。
 彼には時間がなく、研究には金が必要だった。だから彼は手っとり早く金を得る為に作り出した物質をテロリスト達に売り渡していた。今回のロイの任務は、その科学者を拘束し作り出した物質を押収することだった。そしてもしその科学者が出頭することも、物質を軍に差し出すことも拒んだ場合。
『軍としては危険と判っているものを野放しにしておくわけにはいかんのだよ、マスタング中佐』
 そう言った上官の顔を思い出してロイは微かに顔を歪める。だが、次の瞬間には無表情の仮面を被り部屋を出ていった。

 玄関から聞こえるノックの音にウォーレンは顔を顰める。例の連中が来たのかと思ったが、彼らが来るのはいつも夜だったから違うと判った。
「近所の奴か?」
 ウォーレンは渋々立ち上がり玄関に向かう。正直一分でも時間が惜しかった。不治の病に侵された妻には時間がない。こんな事をしている間に少しでも早く研究を進めたかった。ウォーレンは玄関に来ると扉を開けずに「はい」と答える。そうすれば若い男の声が聞こえた。
「ウォーレン博士のお住まいはこちらでしょうか?」
 ウォーレンは聞き慣れぬ声に眉を顰めながらも玄関を開ける。そこに立っていた若い黒髪の軍人を見て不愉快そうに言った。
「何の用だ?」
 ジロジロと上から下まで黒髪の軍人を見て、それからその後ろに立つもう一人の眼鏡をかけた軍人を見る。不躾な視線を向けてくるウォーレンにロイは丁寧に言った。
「私はロイ・マスタング中佐です。こちらはヒューズ少佐。貴方が開発されたと言う物質についてお話を伺いたいのです」
「悪いが軍人に話すことなどない」
「テロリストに話すことはあっても?」
 ロイの言葉に明らかにムッとするウォーレンにロイは重ねて言う。
「お話を伺いたいのです、ウォーレン博士」
 ウォーレンはそう言うロイをじっと見つめていたが、無言のままロイ達が通れるように脇によけた。
「ありがとうございます、博士」
 好意的にではないにせよ通してくれたことに礼を言って、ロイは背後に控えた部下達に待つよう合図をするとヒューズと一緒に家の中へと入った。
 リビングに通され促されるままにロイとヒューズはソファーに腰を下ろす。ウォーレンは二人の向かいに腰を下ろすと挑むように二人を睨みつけた。
「率直に言います。今すぐ研究を中止して研究資料を軍に提出し、貴方が作り出した物質をテロリスト達に渡すのをやめて頂きたい」
「何故だ?私が奴らに渡しているのは単なる生物組織の活性剤に過ぎないぞ」
「その活性剤の使い道を貴方が知らないとは言わせません。テロリスト達は貴方が作り出した物質を使って非人道的な方法で破壊工作を繰り返している」
 ロイはひと呼吸おいてウォーレンを見つめる。
「奴らは仲間の体内にあの物質を注入して人間爆弾にしたているんだ」
 体そのものが爆弾であるなら手ぶらで潜入すればよく、万が一見つかって攻撃を受けたところで空気中に触れた血液が爆発すれば、そこが目的の場所でないにしろ某かの被害を与えることができる。だがそれはテロ行為以上に人の道に外れた最低の方法であった。
「だからどうだと言うんだ。奴らが仲間内で何をしようが私には関係がないし、どうせ死んだところでウジ虫以下の連中だろう?」
「奴らがあの物質を使っている相手には小さな子供もいるんです!何も知らない子供を使って破壊工作を行っているんですよ?」
 ロイが低いが激しい口調でそう言う。隣で頷きながらやはりきつい瞳で見つめてくるヒューズと、二人の顔を交互に見つめていたウォーレンだったが、おもむろに立ち上がると言った。
「話はそれだけか?だったら帰ってくれ」
「ウォーレン博士!」
「テロリストの事など私の知ったことではない。そんなくだらない事で私の大切な時間を無駄にさせないでくれ」
 ウォーレンはそう言うとリビングを出ていってしまう。慌てて追いかけたロイ達の目の前で書斎に入ると中から鍵をかけてしまった。
「博士!」
 ドンドンと扉を叩いたが返事がない。ため息をつくロイにヒューズが言った。
「どうするんだ?まさか上層部が言うとおり力ずくで片をつけるわけじゃないだろう?」
「当たり前だ、それじゃ私たちもテロリスト達と大差なくなってしまう」
 ロイがそう言ったとき、背後で聞こえた足音にロイとヒューズは振り返る。するとそこには金髪に空色の瞳の女性が立っていた。
「ミセス・ウォーレンですか?」
 ロイがそう尋ねれば女性が頷く。ロイとヒューズが名乗るのに頷いてウォーレン夫人は二人をリビングへと促した。
「どうぞ」
 丁寧に淹れた紅茶を夫人は二人の前に置く。礼を言ってカップに口を付ける二人に夫人は言った。
「お二人にお願いがあるのです」
「私たちに出来ることでしたらなんなりと仰ってください」
 夫人の言葉にロイがそう答える。そうすれば夫人は少し安心したように言った。
「主人の研究を止めるためにあなた方は来られたのでしょう?」
「はい。それと作り出した物質を押収し、テロリスト達の手に渡さない為に」
 ロイがそう言えば夫人はキュッと唇を噛む。それから辛そうに言った。
「主人は何があっても研究をやめようとはしないでしょう。研究資料を軍に提出する事にも同意しないと思います」
「ミセス・ウォーレン、貴方からご主人を説得していただくわけにはいきませんか?貴方の言うことならきっとご主人も耳を傾けてくれるでしょう?」
 そう言うロイに夫人は悲しそうに微笑んで首を振る。それからロイを見つめて言った。
「私の体は病に侵されています。さほど遠くない未来に私はこの世を去るでしょう。その未来を変えることは今の医療では不可能です。でも、主人はそれを認めようとしない。彼が作り出そうとして
いるのは私の命を繋ぎ留めるための薬です」
 その言葉にロイとヒューズは驚いて目を瞠る。そんな二人を見つめてウォーレン夫人は言葉を続けた。
「彼は私を救おうとしている。でもそのことが多くの人を傷つけ悲しませている。そんなこと、赦されるはずがない。マスタング中佐、私も貴方と同じように彼の研究を止めたいのです。だから」
 と、夫人はロイをまっすぐに見つめる。
「私たちを彼の研究ごと消してしまってください」
 夫人の口から零れた信じられない言葉に、ロイとヒューズは息を飲んだ。



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