いつか帰る場所であるように  第十八章


 翌日、露骨に嫌な顔をするヴィーデマンに構わず、ロイは時間をもぎ取って南方司令部の車を借りて出かけることにした。
「もしかして内密に捜査を行うのでは?」
 と妙な勘ぐりを入れて同行しようとするヴィーデマンを振り切って二人は車に乗り込むと、逃げ出すように車を発進させる。ヴィーデマンの姿が漸く視界から消えて、ロイはげんなりとため息をついた。
「何とかしろ、あの男」
「よっぽど大佐のことが好きなんじゃないっスか?」
「気色の悪いことを言うなっ」
 ハボックの言葉にロイは本気で鳥肌を立てる。ゴシゴシと両手で二の腕をさするロイの姿にハボックはクスリと笑ってハンドルを切った。

 サウス・シティを出るまではたわいない話をしていた二人だったが、だんだんに口数が少なくなっていく。暫くすると互いに物思いに耽るように押し黙ってしまった。
(何年ぶりだろう、久しぶりだ、墓参りするの……)
 伯父に引き取られてからは南部にいる間でも殆ど墓参りには行かなかった。両親が死んだあの場所はハボックにとっては辛すぎる場所であり、どうしても足が遠のくのを止められなかった。それでも今、こうして向かう事ができるのはロイのおかげだとハボックは思う。ハボックは助手席のロイの顔をちらりと見るとうっすらと笑った。

「いくつの時、ご両親は亡くなったんだ?」
 不意に口を開いたロイが言うのにハボックは答える。
「14の時っス」
「殺されたと言ったな」
「ええ、アメストリスの軍人に。家ごと燃やされたんス」
「………燃やされた?」
 低い声で答えるハボックにロイは囁くように聞き返した。その声が奇妙に掠れていることに気づかずハボックは続ける。
「なんにも悪い事なんてしてないのに、父さんと母さんはアメストリスの軍人に家ごと燃やされた。オレはたまたま出かけてて家にいなくて……。帰ってきたときには家は焔に包まれててオレはどうする事もできなかったっス」
 ハンドルを握り締めて前を見据えたまま、呻くようにそう話すハボックの横顔をロイは見つめる。その金髪と空色の瞳を見ていたロイは何かに思い当たったように目を僅かに見開くと、妙に平坦な声で尋ねた。
「ハボック、お前のそのハボックと言う姓は……」
「オレを引き取ってくれた伯父の姓っス。オレの両親の姓はウォーレンっていいます」
 それを聞いたロイは、再び考え込むように黙り込んでしまった。そんなロイを訝しげにちらちらと見ながらハボックは車を走らせる。ロイの険しい横顔に募ってくる不安を押し殺して、ハボックはハンドルを握り締めた。

 サウス・バウンズに入って暫く行くとハボックは路肩に車を寄せる。車を降りたハボックは助手席に座ったままのロイを不思議そうに見て言った。
「大佐?降りないんスか?」
 そう尋ねるハボックに視線を上げずにロイは答える。
「ちょっと車に酔ったみたいだ。少し休んでから行く」
「珍しいっスね、大丈夫っスか?」
 驚いてそう尋ねたが頷いて行けと手を振るロイにハボックは少し考えてから言った。
「この坂を上がったところに墓地があるんです。オレ、墓参りしたら家が建ってたところ見てこようと思うんで。それ済んだらここに戻ってきます」
「判った」
 短く答えるだけのロイをハボックは心配そうに見つめたが、時間に限りもあることもあり車から離れて歩き出す。何度か気遣わしげに振り向いていたが、やがて小走りに坂を上っていった。

 ロイは聞こえていた足音が遠ざかって完全に聞こえなくなると深いため息をついてヘッドレストに頭を預ける。目を閉じれば浮かぶ金髪と空色の瞳に自嘲するように笑った。
(どうして気がつかなかったんだろう……)
 誰よりも愛しいあの色が今でも忘れられないあの色と同じであることに。
『会ってみないと判らないっスけどね。多分……殺してやる、かな』
 いつかそう言っていたハボックの声が蘇る。真実を知った時ハボックは一体どうするだろう。以前言った言葉の通りその復讐を果たすのだろうか。
「ウォーレン博士………」
 それでも自分はハボックを手放すことなど出来ないのだと、ロイは目を開くとゆっくりと車から降りた。

 長い坂道を上って墓地にやってくるとハボックは両親の眠る場所へとやってくる。そう言えば花のひとつも持ってこなかったと、ハボックは墓標の前に立って漸く気がついた。
(まあ、いいよな……。こうやって来られたことだけでも凄いんだから)
 物理的にも精神的にもなかなか来ることが出来なかった自分が今こうしてここに立つことが出来たのだ。それだけできっと両親は喜んでいてくれるはずと、ハボックはそう考えて墓標の前に跪いた。
(父さん…母さん……)
 ハボックは呟いて手を合わせるとそっと目を閉じる。そうすれば瞼の裏に浮かぶ両親の姿に今の自分の状況を報告した。
「いろいろあったけど、オレ、上手くやってるよ。軍人として一生ついていきたいと思うすげぇ人にも会えた。仲間にも恵まれてる。だから心配しないでゆっくり眠って」
 そこまで言ってから、今度はほんの少し目尻を染めて言う。
「……好きな人も出来た。今度は一緒につれてくるから」
 他にも伝えたいことがあった気もするが上手く言葉に出来なかった。ハボックは合わせる手に力を込めると、両親に届くようにと強く祈った。

 車から降りたロイはハボックが上っていった坂道を見上げる。今行けばハボックに追いつけるかもしれないが、ハボックの両親が眠るというその場所に行くことは今のロイにはできなかった。
 ロイは坂道に背を向けるとゆっくりと歩き出す。月日が過ぎて建物は随分と変わってしまったが、それでも所々に過去の面影が見えて、それがロイにとっては奇妙な錯覚をもたらした。
 記憶を頼りにロイは一軒の家があった場所へと向かう。その家がないことはロイにははっきりと判っていたが、それでも行かないわけにはいかなかった。
 緩い坂道を上ってたどり着いたその場所には可愛らしい家が並んで建っていた。ロイは通り沿いに植えられた街路樹の陰からその家をじっと見つめた。以前来た時はそこには庭の綺麗な家が建っていたのを思い出す。手入れする人の人柄を表すような優しい色合いの花が揺れていた。
 不意にその花が紅蓮の焔に包まれる様が思い浮かんでロイはギュッと目を閉じる。縋るように街路樹に手を添えて、ロイは再び目を開けた。浮かんだ焔は目を開いた今でも可愛らしい家の向こうに燃え盛っている。ロイはまるでその焔を自分の中に焼き付けてしまおうとするかのように、幻の焔を見つめ続けていたが、やがて軽く首を振るとゆっくりともと来た道を戻り始めた。

 墓参りを終えたハボックは墓地を出て以前住んでいた家が建っていた場所に向かう。もうそこは以前の面影もなく新しい家が建っていることは判っていたが、それでも構わないとハボックは思った。幼い頃母の待つ家に一刻も早く帰ろうと駆け上がった緩い坂道をゆっくりと上る。そうしてついたその場所には今では可愛らしい家が並んで建っていた。ハボックは新しく建った家の前に立って以前ここにあった筈の我が家を思い出そうとしたが、上手く思い出すことができなかった。それでも黙って家を見つめていれば、背後からおずおずと尋ねるような声が聞こえた。
「ジャン……じゃないのかい?」
 その声に振り向けば一人の男が立っている。ハボックはどこかで見たような気がするその男の顔をじっと見つめていたが、あっと短い声を上げて言った。
「リヒターさん!隣のリヒターおじさんだ!」
「ああ!やっぱりジャンだったか!いやぁ、すっかり立派になってしまってよく判らなかったよ」
 髪に白いものが混じる男はそう言って目を細める。懐かしそうにハボックの手を取ると言った。
「あれからどうしたのかと随分心配したんだよ。元気にしとったかね?」
「はい、おかげさまで。おじさんも元気でしたか?」
 二人はそう言って互いの近況など尋ねあう。時計を見たハボックがそろそろ行かなくてはと言いかけた時。
「………ジャン、あの男がいる…っ」
「え?」
「お前の家に火をつけたあの男だ!」
 慌てて振り向いたハボックは、リヒターが指さす先を見る。ハボックの視線が捉えたのは。
 今まさに立ち去ろうとするロイの背中だった。



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