いつか帰る場所であるように  第十七章


「ああ、早く帰りたい」
 南部へ向かう列車の揺れに身体を任せながらロイがそう呟く。まだ着いてもいないうちからそんな事を言う上司にハボックはクスリと笑った。
「大佐、今からそんな事言ってどうするんスか」
「ヴィーデマンがうざい」
 南部で彼らを待っている左官の事をそんな風に言って、ロイは窓枠に寄りかかる。そんなロイを見やって、ハボックもまた窓の外へと視線を向けた。
(南部、か……)
 ハボックがかつて住んでいた町は司令部があるサウス・シティからすぐのところだ。両親の墓があるその場所を、南部を離れてからは訪れる機会もなかった。
(時間がとれたら行ってみようかな)
 辛くないと言ったら嘘になる。だが、今自分がこうして心を通わせることができた人と出会えたことを両親に伝えたいと思うのも事実だった。
(いつ機会があるかも判らないし、行けそうなら行かせてもらおう)
 車を使えばさほど時間はかからないはずだ。ハボックはそう考えながら延びる線路の先を見つめた。

「お待ちしておりました、マスタング大佐」
 列車から降りた途端聞こえた声にロイは思い切り眉を顰める。わざわざ駅にまで出向いてきたヴィーデマンを、ハボックはむしろ好意を持って見つめた。
「南方司令部のアウグスト・ヴィーデマンです」
 そう言って差し出された男の手を一瞬見つめて、ロイもまた手を差し出す。
「ロイ・マスタングです。こっちは部下のハボック少尉」
「初めまして、サー」
 ロイの言葉に敬礼してみせるハボックに鷹揚に頷くとヴィーデマンは二人を車へと促した。ボックス式になっている座席に二人が座るのを確かめるとその向かいに腰を下ろす。運転席に座る部下に合図すれば車はゆっくりと走り出した。
「早速起こし頂いたと言うことはマスタング大佐もこの件を重要と捉えていると考えていいわけですな」
 車が動き出した途端、勢い込んでそう言う恰幅のいい男にロイは眉間に皺を寄せる。
「私が司令部に着くのを待てないほど、こちらの状況は切羽詰まっていると?」
 ロイは不機嫌さを隠さずにそう尋ねる。ヴィーデマンはだが、ロイのそんな様子には全く気づかずに答えた。
「密造が横行しているのは確かなのですが、問題はその作っている爆弾の種類です」
「液体爆弾?」
 ロイがそう言えばヴィーデマンが顔を輝かせる。
「おお、東部で作られているのもやはりその爆弾でしたか!」
 ロイの言葉に勢い込んで話し出す男の話の殆どを右から左に聞き流しながら、ロイは先日読んだ報告書の内容を思い出していた。
 摘発した密造場所には実は殆ど完成品は残されていなかった。だが、爆弾を作るための設備から作られていた爆弾が火薬を詰めたものではなく、空気に触れることで爆発する特性を持った爆薬であることが推測された。さらにその爆弾のそもそもの出所が南部であるらしいことが判って、ロイは詳しいことを調べるために南部へとやってきたのだった。そしてロイが部下を調査にやるでなくわざわざ自分自身でここへやってきたのには訳があった。
「………」
 ロイは窓の外へと視線を向けてかつてかかわった事件を思い出す。燃え盛る焔とその中に立つ焔を映し出す金色の髪と。悲しみを湛えて揺れる空色の瞳を思い出してロイはそっと目を閉じた。

「大佐が来たもんだからめちゃくちゃ張り切ってるっスね、ヴィーデマン大佐」
 その日もここ数日と同様日長一日、南方司令部での事件の捜査と東方での事件との関連を調べたり会議に出たりと慌ただしく過ごすと、ロイとハボックは漸くあてがわれたホテルへと向かう。ハボックの言葉にロイは思い切り顔を顰めて言った。
「騒ぎすぎだ、あの男は。あれで本当に大佐か?」
 信じられんと言う顔をするロイにハボックは小さく笑う。本当は夕食も一緒に、と言うヴィーデマンに至極丁寧に断りを入れてなんとかもぎとった静かな時間に、ロイはあからさまに大きなため息をついた。
「腹が減ったな。どこかで食っていこう」
 ホテルまで行ったら空腹で死ぬ、とロイが大袈裟に騒ぐので二人は丁度通りかかったこじんまりとしたレストランに入る。高級ではないが、料理人の心のこもった料理に舌鼓を打ってロイが言った。
「ああ、やっぱりヴィーデマンと食事に行かなくてよかった」
「大佐、それ酷いっス」
 苦笑いをしながら一応ロイを窘めるハボックにロイはニヤリと笑う。
「お前だってそう思ってるんだろう?」
「別にそんなこと言ってないじゃないっスか」
「顔に書いてあるぞ」
 そう言われてハボックは思わず顔に手をやる。そんなハボックの行動にプッと吹き出したロイをハボックは赤くなって睨んだ。
「そんなかわいい顔をするな、シたくなるだろう?」
 ニヤニヤと笑って言われればハボックは益々赤くなる。二度三度と呼吸を整えると僅かに視線を逸らして言った。
「大佐、ちょっとお願いがあるんスけど」
「なんだ?シて欲しいのか?」
「違います」
 ピシャリと否定されてロイが眉尻を下げる。その情けない顔にちょっとだけすっきりとしてハボックは言った。
「行きたい場所があるんです。ちょっと時間を貰えないかと思って」
「行きたい場所?どこだ?」
「サウス・バウンドっス」
 ハボックが口にした場所を聞いて、ロイは半瞬押し黙る。だが、次の瞬間には何でもないように尋ねた。
「すぐ隣の町だな。誰か知り合いでもいるのか?」
「いえ、その……。オレの両親の墓があるんで…」
 その言葉に今度こそ本当にロイは押し黙る。少しの間をおいて口を開いた。
「そういえばお前は南部の出身だったな。以前亡くなったと言っていたご両親の墓はサウス・バウンドにあるのか」
 ほんの少し言い辛そうに町の名を口にするロイに、だがハボックは気づかない。
「はい。東部に移ってからは全然墓参りもしてなくて。次、いつ来られるか判らないし、出来れば行っておきたいかなって」
 ハボックはそう言ってロイの返事を待ったがロイは何か考えて込んでいる様子で答えようとしなかった。そのあまりの考え込みようにハボックは自分が何か拙い事でも言ったかと不安になる。
「たいさ…?」
 恐る恐るそう呼べば、ロイはハボックがそこにいる事を忘れていたかのように驚いた顔をしてハボックを見た。
「………やっぱ拙いっスよね。仕事で来てるんだし私用出かけんのは」
 ハボックがその場の空気を取り繕うように言う。ロイは少しの間ハボックを見つめていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「いや、構わんだろう」
「あ、そうっスか?」
 ロイの様子から半ば諦めていたハボックはホッと息をついて言う。
「じゃあ、大佐の会議が詰まってる時間にでも行ってきますね」
 少しでも業務の支障にならないタイミングでと思ってそう言ったハボックにロイが言った。
「私も同行して構わんか?」
「えっ?でもヴィーデマン大佐がなんか言うんじゃないんスか?」
「勝手に言わせておけ」
「……大佐」
 酷い言いようにハボックは思わず苦笑する。それからふと思いついて聞いた。
「同行するって、大佐、あそこに知り合いでもいるんスか?」
 サウス・シティに近いとはいえごく小さな町だ。あんなところにロイの知り合いがいるとはもの凄く意外に思えてそう尋ねれば、ロイは微かに眉間に皺を寄せた。
「そうだな、いると言えばそうなのかもしれない」
「……?」
 珍しく歯切れの悪いロイにハボックは首を傾げる。だが、それ以上聞くことは何故だはばかられて、何となく居心地の悪い沈黙が訪れた。ロイはその空気を払拭するように軽く首を振って言った。
「そうと決まれば明日にでも行くことにするぞ」
「ええっ、いいんスか?」
「いいんだ」
 きっぱりとそう言うロイに、ハボックが「いいのかなぁ」と何度も首を捻る。
(先延ばしにすると決心が鈍りそうだからな…)
 そんなハボックを見ながらロイは心の中でそう呟いた。



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