いつか帰る場所であるように  第十三章


 いつにも増して厳しい訓練を終えて、ハボック隊の面々はドサリと地面に腰を下ろす。両手を後ろについて背を仰け反るようにして息を整える者、反対に項垂れてやれやれと首を振る者、それぞれが自分の一番楽な姿勢を取りながらも一様に疲れきった様子を見せる部下達を見回した軍曹は、少し離れた場所に立つ年若い隊長に視線を向けた。
 この間の事件以来、憑かれたように訓練に励む若い少尉の気持ちは判らないでもない。だが、がむしゃらに走り続けてばかりはいられないと、軍曹はゆっくりとハボックの方へと歩いていった。
「隊長」
 そう呼べばぼんやりと司令部の建物の方へと目を向けていたハボックが振り向く。軍曹の表情から言いたいことを察したらしいハボックは両手を上げてため息をついた。
「判ってる、軍曹。ちゃんと判ってるから」
 ハボックはそう言うとキュッと唇を噛む。その拗ねたような表情に軍曹は苦笑して言った。
「ちゃんと判ってるとは思いましたけどね、隊長」
 そう言って見つめてくる頭一つ低い副官にハボックは「ごめん」と呟く。息子を見つめるようにしてハボックの肩を掴んで軽く揺さぶると、軍曹は笑って頷いた。
「大丈夫、隊長なら必ずマスタング大佐の力になれますよ。いや、今でも十分なってると思いますがね、あたしは」
 そう言って笑う軍曹にハボックは泣きそうな顔で笑った。

「ただいま」
 ジャンはそう声をかけながら家の中に入っていく。いつもなら笑って迎えてくれるはずの母の姿はどこにも見あたらなかった。
「母さん?」
 不安げに呼びながらジャンは家の奥へと入っていく。父がいつも籠もっている書斎の扉も堅く閉ざされ、試しに叩いてみたノックにも答えはなかった。
「父さん?……母さん?」
 シンと静まり返った家の中には誰の気配もしない。もしかして体の弱い母が急に具合が悪くなって二人で医者にでも行ったのかもしれないと思い当たり、ジャンは慌てて家の外へと飛び出した。
 その途端。
 ゴオッと巻き上がる風と熱に振り返ればたった今出てきた家が焔に包まれている。燃え上がる家にジャンは声にならない悲鳴を上げた。

「………」
 ハボックは閉じていた瞳を開けるとゆっくりと身体を起こす。たった今まで見ていた夢は指の間を零れ落ちる砂のようにあっという間に記憶の襞をすり抜けて、後には冷たく冷えきった汗の感触だけが残っていた。
 ハボックは静まり返ったリビングを見渡し、ロイの姿が見えないことに気づいて目を見開く。夕食の後、一緒にコーヒーを飲んでいた筈だがいつの間にか眠ってしまっていたらしい。その間にロイがいなくなってしまった事にハボックは急に不安を覚えてソファーから立ち上がった。テーブルの上に置かれた飲み残しのコーヒーはすっかり冷めきってしまっている。ハボックはロイを探してリビングを出た。
「大佐」
 そう呼びながら廊下を歩いていく。返事がないことに段々と不安が増して、ハボックは声を張り上げてロイを呼んだ。
「大佐っ!」
「…ハボック?」
 張り上げた声に答えるように二階から声が降ってくる。ハボックは階段を駆け上がると声が聞こえた部屋の扉を思い切り押し開けた。
「大佐っ」
 透いていた扉はハボックの所業に耐えきれず、バンッと大きな悲鳴を上げてストッパーに当たる。もの凄い勢いで飛び込んできたハボックに、書斎で本を探していたロイは目を丸くして年下の恋人を見つめた。
「どうした?ハボック」
 自分を見つめる黒い瞳にハボックはホッとして腕を伸ばす。自分より頭半分低いロイの身体をギュッと抱きしめるとその肩口に顔を埋めた。
「ハボック?」
 抱きついてくる身体を抱き返してロイはハボックを呼ぶ。聞きなれた甘いテノールにハボックは唇をキュッと噛んでロイの肩に顔をすり付けた。
「どうした、甘ったれだな」
 ロイの声が笑いを含んで漣のように揺れる。ハボックは抱きつく腕に力を込めて言った。
「大佐、オレのこと置いていかないで」
 不安げな声にロイは目を瞠る。それから小さく笑って言った。
「バカなことを。私がお前を置いていくわけがないだろう?」
 そう言う声にハボックが埋めていた顔を上げてロイを見れば自分を見つめる黒い瞳と視線があう。
「………いさッ」
 ハボックは手を伸ばしてロイの頭を引き寄せると自分から唇を重ねていった。

「たいさ……たいさ…っ」
 ハボックは何度もそう呼びながらベッドに押し倒したロイのシャツに手をかける。ボタンを外そうとする手は気が急くばかりに震えて、なかなか思い通りにいかない事でハボックは癇癪を起こしかけていた。
「焦るな、ハボック」
 そのいつにない切羽詰まった様子にロイは宥めるようにハボックを呼ぶ。そうすれば泣き出しそうに揺れる空色の瞳が自分を見て、ロイはため息をついた。
「どうしたんだ、ハボック」
 ロイは肘をついて上半身を起こしながらそう尋ねる。だが、ハボックは判らないと首を振るばかりでロイはもう一つため息をついた。
「ハボック、私ならここにいるから。なにがあってもお前を離したりしない。だからそんな顔をするな」
 ロイはそう言ってベッドの上に座り込むと自分でシャツを脱ぎ捨てる。不安そうな目で見つめてくるハボックの腕を掴むとその体をベッドに押し倒した。奔放に跳ねる金色の髪を押さえるように撫でるとその頬に口づける。ベルトを外してボタンを緩めると下着ごとジーンズを引き剥がした。剥き出しにされた下肢をハボックは躊躇わずにロイの腰に絡める。強請るように伸ばされた腕に引き寄せられるままロイはハボックの体に圧し掛かり、その唇を乱暴に塞いだ。
「んっ……んふ……」
 甘く鼻を鳴らしてハボックがキスに答える。ロイがTシャツの上からでもプクリと立ち上がっているのが判る乳首をシャツごと強く捏ね上げれば、ハボックが背を仰け反らせて喘いだ。
「や、あん…っ」
 甘い声に薄く笑ってロイはTシャツの上から乳首を嬲り続ける。シャツを間に挟んだもどかしい刺激に、ハボックは自らシャツの裾を捲り上げるとロイの手を導いた。
「直接触って、たいさっ」
 そう強請るハボックの桜色に上気した肌にロイはうっそりと笑うと、片方を指でもう片方を舌先で弄り始める。途端に零れる熱い吐息にロイは笑って言った。
「イイのか?ハボック……」
 堅く立ち上がった乳首を舌先で転がしながら尋ねられて、響く振動にハボックはびくびくと震える。答える代わりに押しつけられた熱い楔にロイは低く笑った。
「たいさぁ…っ」
 笑うロイをハボックは拗ねたような声で呼ぶ。とろとろと先走りの密を垂れ流す楔をロイの下肢に擦りつけて喘いだ。
「仕方のない奴だな、私のズボンが汚れてしまったぞ」
 そう言われて熱に蕩けた瞳を向ければ、ロイはシャツは脱いでいるもののボトムはまだ履いたままだ。濃い色のスラックスにいくつも浮かぶ銀色の筋に、ハボックは顔を赤らめた。
「だって、大佐が…ッ」
「私がなんだ?」
 そう聞き返されてハボックはむぅと下唇を突き出す。ロイのボトムに手を伸ばすとグイと下着ごと引きずり降ろすと同時にそのまま体重をかけるようにして体を入れ替えた。
「ハボック」
 ベッドに押し倒されてロイは面白そうにハボックを見上げる。その余裕のある表情とは裏腹に腹に着くほどそそり立った楔に手を伸ばすと、ハボックは躊躇いなく口中へと含んだ。
「ん……ぅふ…」
 僅かに眉を顰めてじゅぶじゅぶと唇で擦り上げるハボックの顔をロイはじっと見つめる。手を伸ばしてハボックの髪をかき上げながら言った。
「ハボック、そのままこっちに腰を向けろ」
 口淫に息を弾ませるロイに言われるまま、ハボックはロイの楔に舌を這わせながら己の下肢をロイの顔の方へ向ける。仰向けにベッドに横たわるロイの顔を跨ぐように自身をロイの唇に近づければ、柔らかい粘膜にねっとりと包まれた。
「んあっ!!」
 自分がたった今しているのと同じようにロイの口中へと迎え入れられてハボックは甘い声を上げる。密を垂れ流す楔に舌を這わされ吸い上げられ喉奥で締め付けられて、ハボックは負けじと目の前のロイ自身に同じことをしようとするが、気がつけばロイの楔に顔をこすりつけるようにして喘がされていた。
「あっあっ、たいさぁ……ッ」
 ロイはハボックの楔を舌で愛撫しながら双丘の狭間で震える蕾にも指を沈めていく。楔と蕾の両方を同時に嬲られて、ハボックは無意識にロイの楔から零れる密を顔にすり付けるように、男の下肢に縋りついていた。
「たいさっ、あっ、もう…ッ」
 ぐちゅぐちゅと蕾を掻き回す指をきゅうと締め付けてハボックは喘ぐ。
「指、やっ……これ、挿れて…ッッ!!」
 目の前の楔に口づけて言うハボックにロイはうっとりと笑うと言った。
「なら、おいで、ハボック」
 そう言って蕾に沈めていた指を引き抜くと抱き込んでいたハボックの下肢を離し両腕を広げる。仰向けに寝たまま呼ぶ男に、ハボックはよろよろと体を起こすとロイの腰の上に跨った。
「たいさ……」
 見上げてくる黒い瞳を見つめ返しながらハボックは猛々しくそそり立つロイの上に体をおとしていく。柔らかく解けた蕾を割り開いて、ぬぷと楔が押し入ってくる感触に胸を仰け反らせた。
「あ、あ、あ……」
 何度体を繋げてもこの迎え入れる瞬間にはどうしてもそそけ立ってしまう。それでもその先にある快楽と心を満たす充足感を求めて、ハボックは一気に腰を落とした。
「ッ、アアア────ッッ!!」
 耐えきれない悲鳴が唇をついて出る。その途端、下からガツンと突き上げられて、ハボックはそのまま背後に倒れそうになった。
「……ッッ!!」
 声もなく仰け反る体を引き戻して、ロイはハボックの腰を掴むと乱暴に突き上げる。熱く熟れた内壁を擦られて、泣きながら喘いでいたハボックは、腹に着くほど反り返っていた自身から白濁を迸らせた。
「あああああッッ!!」
 嬌声を上げて達したことを伝えても、ロイは突き上げる動きを緩めない。達したばかりで敏感な体を容赦なく責め立てられてハボックはぽろぽろと涙を零した。
「たいさっ、たいさ…ッッ」
 せがむように名を呼んできゅうきゅうと咥え込んだ楔を締め付ける。それに答えるようにハボックの中でググッと嵩を増したロイが最奥を抉った瞬間、弾けた。
「あ…ッ、ア────ッッ!!」
 熱い内壁を焼かれてハボックはびくびくと震えながら背を仰け反らせる。ロイは腕を伸ばしてハボックの震える体を引き寄せると、悲鳴を上げる唇を乱暴に塞いだ。



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