いつか帰る場所であるように  第十二章


「ハボック隊は路地の奥にある入り口から、ブレダ隊は正面へ。時計を合わせろ、10分後に突入開始だ」
 それぞれの部隊への指示を終えてハボック達は配置につく。その時背後から聞き慣れた足音が聞こえて、ハボックはわざとらしくため息をついた。
「大佐」
 ハボックはテロリストの拠点を押さえる為に突入しようとするまさにその寸前、現場に現れた上司を睨みつける。だが、ロイはまるで気にした風もなく傍までやってくると言った。
「内通者を捕まえた。こっちの動きがばれてる」
「…っ?じゃあ、このまま突入したら──」
「こっちにも被害が出るだろうな」
 そう言うロイの言葉にハボックは唇を噛み締める。正直今日の検挙の為にここ数週間奔走していたのだ。今ここで引けばテロリストをみすみす逃がすことに他ならず、多少のリスクを犯しても踏み切りたいというのが本音だった。
「大佐。ここはオレがどうにかします。何としても今日中にテロリストを──」
「知らせはもう一つ。内通者の口から別の進入ルートが判明した。お前ならすぐ作戦を立て直せるだろう?」
 ロイのその言葉にハボックは目を瞠る。自信満々に頷くと、副官の軍曹を呼び寄せすぐさま検討に入ろうとしたその時。
「え?子供?」
 どこから出てきたのか、路地を歩いてくる子供の姿が見える。
「どっから出てきたんだ?テロリストに撃たれるぞ」
 ふらふらと歩くその姿に部下の誰かがそう呟き、ハボックはチッと舌を鳴らすと、その子供を保護しようと路地へと飛び出そうとした。
「ダメだ、ハボック」
 だが、その瞬間、ロイの鋭い声が飛び、ハボックは驚いてロイを振り返る。
「なに言ってるんスか?助けないとヤバイでしょっ?」
「ダメだ」
「大佐…っ」
 頑なに首を振るロイをハボックは睨むと何も言わずに潜伏場所を飛び出していく。背後でロイが舌打ちする音が聞こえたが、構わず子供に駆け寄っていくハボックの耳にロイの声が飛び込んできた。
「伏せろっ、ハボックっ!」
 その声に反射的にハボックは身を低くする。ちらりと振り向いたその視線の隅でロイが発火布をはめた手を翻すのが見えて、ハボックはロイの指から迸る火線が子供へと伸びるのを目で追った。
「たいさっ?!」
 悲鳴に近い声を上げてハボックが立ち上がるより早く、火線は子供へとたどり着く。焔が子供を包み込むより早く、子供の服の中から大きな火球が膨れ上がった。
「な……っ?!」
 その瞬間、ドオオオンッッ!!という大音響と共に爆発が起きる。バラバラと破片が飛び散る中、飛び出してきたテロリスト達との間に戦闘の火蓋が切って落とされ、ハボック達は否応なしにその最中(さなか)へと巻き込まれていった。

「主犯のカミラ・バーンズワースは死亡。その他生き残ったテロリスト達は全員取り押さえました。逃亡者はなし。当方の被害、怪我人が十数名、死者はありません」
「あの状況ではまずまずの出来といったところだろうな」
 ロイはフュリーの報告を聞きながら言う。詳しい報告をまとめてくれと下がらせると窓際に立つハボックを見た。
「ハボック」
 名を呼べばハボックはロイに背を向けるように窓へと身体を捻る。拗ねたようなその仕草にロイはため息をついて立ち上がるとハボックへと近づいていった。
「ハボック」
 もう一度そう呼んでハボックのすぐ傍に立つ。ハボックはロイをちらりと見たがすぐ視線を窓の外へと戻して言った。
「大佐、気づいてたんスか?あの子が腹に爆弾巻き付けてるの」
 そう尋ねる言葉にロイは答えない。だがそれこそが肯定と取ってハボックは続けた。
「オレ、全然気づかなかった。もしあのままオレがあの子を保護してみんなのところへ連れてきていたら」
 爆弾は突撃に備えていたハボック隊の中心で爆発していただろう。そうなっていれば被害は甚大なことになっていたはずだった。
「以前、見たことがあってな。年端もいかない、ものの善悪もまだきちんと判っていないような子供に吹き込むんだ。『これは聖なる戦いだ。お前がその命を捧げればお前の親兄弟はきっと神の栄光を得る』、と」
「…っ!!そんなっ!酷いじゃないっスか!!何にも判っていないような子供にそんなこと…ッ!!」
「それがアイツ等のやり方だからな」
 ハボックはロイの言葉に唇を噛み締める。それからロイを睨んで言った。
「でも大佐、判ってたんならなんでもっと早く教えてくれなかったんスか?教えてくれてたらあの子だって助けてやれたかもしれないのにっ」
「無茶を言うな。助けようとすればきっとお前諸共吹き飛んでいただろうさ」
「でも…っ」
「ハボック」
 いい募るハボックの言葉を遮ってロイは言う。
「あの時点で助けられる可能性のほとんどない子供の身より、私にはお前を守ること、ひいてはお前の部隊を守ることの方が重要だった。それだけだ」
 まっすぐに見つめてくる黒い瞳にハボックは返す言葉もなく顔を歪めた。そのままロイを突き飛ばすようにして執務室を飛び出していく。
「ハボック…」
 ロイは一つため息をつくと引き留めることなく遠ざかる足音を聞いていた。

「ハボック、もういい加減にしとけ」
 ブレダはそう言ってハボックの手からグラスを取り上げる。酔いに煙った空色の瞳が不満げに睨んできたが、ハボックはカウンターにコトリと突っ伏すと眠ってしまった。
「まぁ、判らんでもないけどな」
 その場に居合わせなかったブレダは後になってハボックの副官の軍曹からその時の様子を聞いていた。テロリストどもの行為には正直反吐が出そうだったが、ハボックにしてみれば子供を使ったテロリストだけでなく、それに気づかなかった自分自身も、更には子供を助けようとはしてくれなかったロイ自身にも怒りの矛先は向いているようだった。
「仕方ねぇよ、大佐にしてみれば」
 それがロイをマスタング大佐としている所以なのだろう。だが、だからといってロイが傷ついていないわけではないことくらい、ハボックにも判っているはずなのだ。
「判ってるけど酷いこと言っちゃったって後悔してんのか…?」
 ブレダはそう言いながら眠っているハボックの髪を梳いてやる。そうすれば軽い咳払いが聞こえてブレダは肩越しに振り返った。
「大佐」
「潰れてるのか?珍しいな」
「ふてくされて寝ちまったって感じっスかね」
 ブレダはそう言いながらハボックの髪を撫でる。優しい兄が弟にするようなそんな仕草ではあったが、ロイは不快げに眉を顰めるとハボックの肩を引き起こした。
「帰るぞ、ハボック」
「大佐、起きやしませんよ、ソイツ」
 そう言う寝方をした時は絶対起きないから、とロイよりもつきあいの長い男が言う。それに益々眉間の皺を深めると、ロイはハボックの腕を肩に回してその長身をスツールから引き上げた。
「大佐」
「どうせここには置いておけんだろう」
 言われてみれば確かにそうだ。このデカイ図体を連れてアパートの階段を上ることを考えて、ブレダは酔い潰れた友人を上司に押しつけることにした。
「ハボの分の支払いは俺が出しておきますんで」
「ああ、まだ飲むのか?」
「これ、飲んだら帰ります」
 ブレダはそう言って飲みかけのグラスを上げる。ロイはそれに頷くと「おやすみ」と言ってハボックを連れて店を出た。

 星の殆ど見えない夜空を見上げてロイはゆっくりと歩いていく。夢と現の狭間で揺らいでいる長身を時折揺すり上げながら歩を進めていけば、遅いながらも確実に距離は進んでロイは自宅の門の前に辿り着いた。
「まったく、重いぞ、ハボック」
 ロイはそう呟きながら鍵を取り出し中へと入る。廊下の明かりを灯しハボックを抱えて奥まで進むと、以前ハボックを泊めた寝室へと入っていった。
「やれやれ」
 ドサリとハボックの身体をベッドに下ろすとため息をつく。軍靴を脱がせて上着を取ると、その長身をベッドに横たえブランケットを引き上げた。ロイはハボックの金髪をかき上げるとその額にキスを落とす。そうして静かにその場を離れようとした時、伸びてきた手がロイの腕を掴んだ。
「ハボック」
 長い睫の間に覗く空色を見おろしてロイは言う。
「どうせならもう少し早く起きてくれると助かったんだがな」
 重かったぞ、と苦情を言うロイをハボックは黙って見上げていたが腕を伸ばすとロイの身体を引き寄せた。
「ハボック?」
 ギュウと抱きついてくるハボックの背をロイは宥めるように撫でてやる。そうすればハボックは顔をロイの胸に埋めたくぐもった声で言った。
「ごめんなさい、大佐…」
 そう呟くハボックの髪をロイは優しく撫でる。そうすればハボックは益々ロイにしがみついて言った。
「一緒に寝て?たいさ」
 子供のように甘えた仕草で言うハボックにロイはクスリと笑う。一度その手を離させると上着と靴を脱ぎ捨てハボックの横に潜り込んだ。
「大きな子供だな」
 擦り寄ってくる身体を抱きしめてロイは言う。その優しい声にスンと鼻を鳴らすと、ハボックはロイの胸に顔を埋めて眠りに落ちていった。



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