| 菫青石の恋 〜 second season 〜 第六章 |
| 穏やかな陽射しの中、心惹かれた相手がくれた時間は泣きたくなるほど幸せで、ハボックはロイをじっと見つめる。ロイの黒曜石の瞳に浮かぶ感情が何なのか判らず、ハボックはロイを見つめたまま尋ねた。 「どうして?どうしてこんなによくしてくれるんスか?何のメリットもないのに…」 「メリット?あるとも。お前の顔を見られるし、上手くすれば笑い顔だって見られる」 そんな事を言うロイをハボックは不思議そうに見る。その幼い表情にロイは苦笑して言った。 「判らないのか?つまりこういう事だ」 ロイはそう言うとハボックの頭に手を添える。グイと引き寄せると同時に唇を重ねた。 「…ッッ?!ンンッ!!」 ギョッとして身を強ばらせたハボックは慌てて逃れようとしてもがく。だが、もがけばもがくほど強く抱き締められ、唇が深く合わさった。漸く唇が離れてハボックは息を弾ませてロイを見る。信じられないように声を震わせて言った。 「な、んで?」 「お前が好きだ」 低く熱のこもった声でロイが囁く。その言葉に更に見開く空色の瞳にロイは続けた。 「好きだ。初めて見た時から好きだった。一目惚れだったと思う。話すようになってもっともっと好きになった。ハボック、私はお前が好きなんだ」 「からかわないで下さい、例え冗談でもそんな事…」 「冗談でこんな事が言えるかッ、私はお前が───」 「やめてっ、聞きたくないっス!」 ロイの言葉を遮ってハボックが叫ぶ。突き飛ばすようにしてロイから身を離そうとするハボックをロイはギュッと抱き締めた。 「ヤダ!離してッ!」 「ハボック!」 滅茶苦茶に暴れるハボックを何とか押さえ込もうと、ロイは抱き締める腕に力を込める。その拍子にグラリと傾いだ二人の体が川に向かって投げ出された。 「あっ」 「うわっ」 バシャーンと派手な音を立てて二人が川に落ちる。ザバッと水を跳ね上げてすぐさま顔を出したロイは、落ちた拍子に緩んだ腕から離れてしまったハボックの姿を探した。 「ハボック!!」 きょろきょろと辺りを見回したロイは澄んだ流れの中に沈むハボックを見つけて、慌てて引き上げた。 「ハボック!」 「ゲホゲホゲホ…ッッ!!」 水から引き上げられて、突然肺になだれ込んできた空気にハボックは思い切り咽せる。ゲホゲホと苦しそうなハボックを抱き締めて、ロイは胸ほどの流れを岸まで戻るとハボックの体を抱き上げた。ザブサブと音を立てて水から上がるとシートまで戻る。微かに震えるハボックの頬に貼りつく髪を指で払って言った。 「大丈夫か?」 「平気っス。マスタングさんこそ」 ずぶ濡れ、と言って伸ばされるハボックの指先をロイは掴む。ハッとして見上げてくるハボックにロイは言った。 「好きなんだ、私は本気だ」 そう言われてハボックはふるふると首を振る。その仕草に苛立ちを覚えてロイは言い募った。 「これだけ言っても判らないのか?私はお前が───」 「もういいです。それ以上言わないで下さい」 「ハボック」 真っ直ぐに見つめてくる黒い瞳を見つめ返していたハボックはふわりと笑う。 「ありがとうございます、アンタみたいな人にそんな風に言って貰えただけで十分っス。こんなとこに連れてきて貰って一緒にサンドイッチ食って、好きって言って貰えて……オレ、一生今日の事忘れないっス」 「ハボック!」 指先を掴んでいたロイの手がハボックの腕をグッと掴む。 「ふざけるな、どうしてお前はそうなんだッ」 「だってアンタとオレは違うもの!」 声を荒げるロイにハボックも言い返した。ハボックの言葉に目を見開くロイにハボックは続けた。 「違うもの。アンタは国の英雄でオレは自分の事すらまともに出来ないようなヤツなんスよ?住む世界が違いすぎます」 「ハボック」 「ごめんなさい…」 ハボックはそう言って視線を落とす。濡れて冷えてしまったからだけでなく震えるハボックをロイはギュッと抱き締めた。 「好きだ」 「…ッ」 「好きだ、ハボック。愛してる」 「アンタ、オレの言ったこと聞いて───」 「聞いていたとも。お前が私を受け入れてくれるまで何度だって言う。愛してるんだ、ハボック」 そう言って抱き締める腕に力を込めるロイをハボックは振り解く。泣きそうに顔を歪めて言った。 「もうこれ以上聞きたくないっス」 「ハボック!」 濡れた髪を頬にまとわりつかせてハボックはロイを睨む。 「アンタにとっちゃちょっと毛色が変わった相手で、気分転換には手頃なんでしょう。色んな遊び相手の中でもほんの少し時間割いて顔を見にくれば大喜びする、お手軽な相手だと思ってるんでしょうッ」 「……私がお前をただの遊び相手だと思っているというのか?」 「だって、そうでしょうッ!」 怒りのこもった低い声にハボックが怒鳴り返した。怒鳴ったことで押さえきれなくなったのか、ポロポロと涙を零しながら両手で顔を覆って俯いてしまう。 「だってアンタは焔の錬金術師でロイ・マスタング大佐だもん。アンタに似合いの人なら幾らだっているじゃないっスか。それなのにオレを愛してるって、そんなの信じられるわけないっしょ」 涙にくぐもった声でそう言うハボックをロイは食い入るように見つめていたが、いきなり立ち上がるとハボックの体を抱き上げた。 「……ッ?!マスタングさんッ?」 ギョッとするハボックを抱えてロイは来た道を戻っていく。途中車椅子を置きっぱなしにしていたところまで来ると、ハボックを下ろしもの凄い勢いで車椅子を押し始めた。 「マスタングさんっ?」 訳が判らずハボックはロイを振り向いて叫ぶ。ロイはまっすぐ前を見つめて車椅子を押しながら言った。 「司令部に行って辞表を出してくる」 「え?……ええっ?」 「私に大佐の肩書きも国家錬金術師の肩書きもなくなれば、私の言うことを信じられるんだろうッ?」 「な……」 呆然とするハボックにそれ以上なにも言わず、ロイは車のところまで戻ってくると扉を開けハボックを助手席に座らせる。ガチャガチャと乱暴に車椅子を畳んで後部座席に放り込んだロイは飛び込むように運転席に座るとハンドルを握った。ものも言わずにアクセルを踏み込めば急発進する車にシートに体を押しつけられてハボックが悲鳴を上げる。猛スピードで車を走らせるロイの思い詰めたような横顔を、ハボックは息を飲んで見つめた。その時、横道から出てきた車をよけてロイが乱暴にハンドルを切る。すぐ横を通り過ぎる車の影にヒクリと喉を鳴らしたハボックは、ハンドルを握るロイの腕にしがみついた。 「止めてっ!車止めてくださいっ!司令部なんて行かなくっていいっス!」 「だが今の私の言うことはお前には信じられないんだろう?」 腕に縋りつくハボックを見もせずにロイが言う。その思い詰めたような声にハッとしてハボックは大声を上げた。 「信じますっ!信じるから、車止めてッ!!」 悲鳴のような声にもロイはアクセルから足を離さない。 「マスタングさんっ」 叫ぶハボックを見もせず、ロイはアクセルを踏み込んだまま言った。 「お前の気持ちを正直に聞かせろ。私の気持ちが迷惑ならそう言ってくれていい。私の言葉を信じて、それに答えをくれ」 低い切なげな声にハボックが目を瞠る。ロイの横顔を食い入るように見つめていたが、やがてフッと体の力を抜いて言った。 「好きっス……。アンタがオレを助けてくれる前から好きだった。店に来るアンタを見ているだけで幸せで、オレにはそれで十分だった。アンタがあのロイ・マスタング大佐だって知って、アンタが家に来てくれるようになって……嬉しかったけど、でもこんなのほんの一時だけなんだからって、そう自分に言い聞かせて……」 ハボックの言葉を黙って聞いていたロイは、アクセルに載せていた足の力を緩める。そうして路肩に車を寄せて停めるとハボックを見た。ロイはハボックの手を持ち上げ、恭しくその手の甲に口づける。 「好きだ、お前が好きだ、ハボック」 言って微笑めば見つめてくる空色の瞳に涙が膨れ上がる。緩く首を振れば涙が頬を零れて落ちた。 「ど、して…?なんでそこまで言ってくれるんスか?」 「人を好きになる気持ちに理由なんてつけられるか」 ロイはそう言ってハボックの濡れた髪を撫でる。愛してる、と繰り返すロイにハボックは言った。 「でもオレ、アンタの為に何にも出来ない…。だから諦めるしかないって…」 「一度くらい諦めないで手を伸ばしても罰は当たらないだろう?」 ロイはハボックの髪を優しく撫でる。にっこりと笑って言った。 「愛してる、ハボック。ずっと傍にいてくれ。私がお前に望むのはそれだけなんだ」 「マスタングさん……」 言葉とともに振ってくる口づけをハボックは震えながら受け止めた。 |
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