菫青石の恋 〜 second season 〜  第五十一章


「ついたぞ、ジャン」
 病院の駐車場に車を入れてロバートが言う。ぐったりとシートに沈み込むハボックを見て、ロバートは苛立たしげに言った。
「何をしている、さっさと降りるんだ」
 その声にハボックの躯が震える。だが、病院に着くまでの間ローターで嬲り続けられ何度もイかされた躯は全く力が入らず、ハボックは運転席から降りてしまった男に向かって言った。
「立てないっス……」
 弱々しく訴える声にロバートは思い切り舌打ちして乱暴にドアを閉じる。助手席に回りドアを開けると、ハボックを見下ろして言った。
「ぐずぐずするな、ジャン。マリアがどうなってもいいのか?」
「…………本当に動けないんス……足、力入んない……ッ」
 ポロポロと涙を零しながら言うハボックは本当にもう自力では立てないようだと気づいて、ロバートは不愉快そうに顔を歪める。怒りに歪んだ男の顔を見て、ハボックは言った。
「ごめんなさい、ロバート……。でも、本当に動けないっス……家に帰ったらロバートの言うこと何でも聞く、から……ッ、母さんに酷いことだけはしないで……っ」
 お願い、と泣きじゃくる少年に、ロバートは再度思いきり舌打ちする。だが、やはり少々やりすぎた事は認めざるを得ず、ロバートは手を伸ばすとハボックの顎を掴んだ。
「いいだろう、今の言葉忘れるな、ジャン」
「……はいっ、ロバート……」
 酷い仕打ちをする男にハボックは「ありがとうございます」と何度も礼の言葉を繰り返す。そんな少年の姿にフンと鼻を鳴らすと、ロバートは手を伸ばしてハボックの躯を抱き上げた。
「病室までは抱いていってやる。その代わりマリアの前ではしゃんとしろ、いいな?」
「……はい」
 しゃんとしろと言われても本当に出来るのか正直自信がない。だが、これ以上の譲歩などあり得ないことはよく判っていて、ハボックはロバートの腕の中で頷くと手の甲で涙を拭った。その様を冷たい瞳で見つめたロバートはハボックを抱いたまま駐車場を出て病棟へと歩いていった。


「ジャン」
「……はい」
 マリアの病室の前まで来ると、ロバートはハボックの躯を下ろす。ハボックは力の入らない足を必死に踏ん張って、震えながらも自力で立った。そんなハボックをジロリと見遣って、ロバートは病室の扉に手をかける。軽くノックをすると同時に扉を押し開けた時には、ロバートの顔には優しげな笑みが浮かんでいた。
「マリア、調子はどうだい?」
「ロバート、────まあ、ジャン!」
 ロバートに続いて入ってきた息子の姿に、マリアが顔を輝かせる。嬉しそうに腕を伸ばす母親に、ハボックは笑ってゆっくりと近づいていった。
「……母さん、久しぶり」
「ジャン、元気だった?ああ、よく顔を見せて」
 マリアは近づいてきた息子の腕を取り引き寄せるとその顔を覗き込む。ハボックの頬に触れたマリアは、手のひらに伝わる熱にほんの少し眉を寄せた。
「熱っぽいわ」
「夕べからちょっと風邪気味でね。連れてくるのをやめようかとも思ったんだが、ジャンがどうしても会いたいと言ってきかなくて」
「まあ」
 男の言葉にマリアは責めるようにハボックを見る。ハボックは視線を落としてマリアから目を逸らして言った。
「ごめんなさい……でも……母さんに、会いたくて」
「私も会いたかったわ。でも無理をしてこじらせたらどうするの?」
「マリアにうつしても大変だ。さあ、顔を見たら満足しただろう?帰るぞ、ジャン」
「……はい、ロバート」
 ハボックは見下ろしてくる灰がかった緑の瞳を見つめて小さく頷く。そろそろと立ち上がったものの、後孔を埋め尽くすローターの感触に動けずにいるハボックに、マリアが心配そうに言った。
「大丈夫なの?ジャン」
「……平気だよ、母さん。心配しないで」
 そう言って笑みを浮かべる息子をマリアはじっと見つめる。心配そうにハボックの腕を掴んでマリアは言った。
「私、もう退院するわ。先生に退院の許可を貰うから」
「えっ?!」
 マリアの言葉にハボックがギクリして目を見開く。マリアはハボックに笑い掛け、それからロバートに視線を移して言った。
「もうだいぶ落ち着いてるの。お医者さまからもこの調子ならそろそろ退院しても大丈夫だろうって言われてたのよ。だから帰るわ。もういい加減貴方やジャンに迷惑かけられないし」
「駄目だよッ!」
 にっこりと笑って言ったマリアだったが、途端に悲鳴のような声を上げるハボックに驚いて目を瞠る。丸く目を見開く母親に、ハボックはハッとして視線をさまよわせた。
「だ、だって……無理してまた流産しそうになったら大変だしッ」
「大丈夫よ。もういい加減安定期なんだもの。入院して先生にちゃんと見て頂いたし、最近は赤ちゃんもお腹の中で元気に動いてるのよ?だから」
 ね?と笑うマリアをハボックは目を見開いて見つめる。ハボックはそろそろと視線を傍らに立つロバートへと向けてその表情を伺った。
「ロバート……?」
「────確かにまだ無理をしない方がいい。また入院ということになったら困るだろう?」
「でも、ボブ」
「ジャンの事なら心配しなくていい。君は病院でゆっくりしていなさい、それが赤ん坊の為でもあるだろう?」
「ボブ……」
 お腹の子供のことを出されて、マリアはため息をついてそっとお腹を撫でる。
「でも、ジャンも私の子なのよ?」
「私が面倒を見ているのでは心配なのか?」
「そんなことっ」
 男にそう返されれば強くは言えなくなってしまう。俯いてキュッと唇を噛んだマリアはそっとため息をつくと、ロバートを見上げて言った。
「判ったわ。もう少し様子を見ることにします」
「そうしなさい。その方が私もジャンも安心だ。そうだろう?ジャン」
「……はい、ロバート」
 同意を求められ頷く息子の姿にマリアは笑みを浮かべる。手を伸ばしてハボックの頬を撫でて言った。
「ごめんなさい、ジャン。なるべく早く帰れるようにするから」
「無理しないで、母さん。オレなら……大丈夫、だから」
 後孔に埋められた異物の感触に声が震えそうになるのを必死に押し隠して、ハボックはマリアに笑い掛ける。その時、ゆっくりとローターが動き出すのを感じて、ハボックは微かに身を強張らせた。
「ジャン?」
「そろそろ帰るね。ロバート、行こう」
 心配そうに見つめてくる母親に早口に言うと、ハボックはロバートを促す。手を伸ばして男の腕を掴むと、震える足をなんとか踏み出した。
「じゃあ、マリア。先生の言うことを聞くんだぞ」
「判ってるわ。────ジャン」
 最後にマリアはハボックに呼びかける。だが、もう答える気力もないハボックは微かに笑みを浮かべて肩越しに母親を振り返った。
「じゃあな、マリア」
 だが、ハボックの熱に霞む視線がマリアの姿をその目に捕えるより早く、ロバートが乱暴に閉めた扉が二人の間を遮ってしまう。母親の姿が見えなくなった途端、ハボックは糸が切れたようにずるずると座り込んでしまった。


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