菫青石の恋 〜 second season 〜  第四十章


「ただいま」
 玄関から聞こえた声にハボックは食器を並べていた手を止める。持っていた食器をテーブルに置くと玄関に走っていった。
「お帰りなさい、母さん」
「ただいま、ジャン。いい子にしてた?」
「もう、オレはちっちゃい子じゃないんだってば!」
 自分と同じ空色の瞳を持つ息子に尋ねればムウと頬を膨らませるのを見て、マリアはクスクスと笑う。荷物を持ってくれようとする息子の髪からシャンプーの香りがして、マリアは尋ねた。
「お風呂入ったの?」
「あ、うん……ロバートと一緒に」
「あら、ボブと?」
 そう問い返されてハボックは頷く。少し迷ってから言った。
「シンの話聞かせて貰った」
「そう、よかったわね」
 にっこりと笑う母に頷いてハボックも笑う。
(体の話を聞いたことは……言わなくていいよね)
 そう考えた途端グロテスクなものが脳裏に浮かび、ハボックは慌てて首を振ってそのイメージを頭から追い出した。
「ジャン?どうかしたの?」
「えっ?あ、ううんっ!あ、今日の晩ご飯、カレーだよ、ロバート特製の」
 怪訝そうな顔をするマリアにハボックは首を振って話を変える。マリアは特に疑問も抱かず、ハボックが口にした夕飯のメニューに嬉しそうに言った。
「あら、ボブのカレー、美味しいのよね」
「母さん、食べたことあるの?ズルい!」
「いいじゃない、今から食べられるんだから」
 二人は楽しそうに話しながらダイニングへと入る。マリアはカレーの皿を手にキッチンから出てきた男に手を伸ばすとその頬に口づけた。
「遅くなってごめんなさい。食事まで作って貰っちゃって」
「なに、構わないよ。ほら、手を洗っておいで。もう用意ができる」
 そういうロバートに頷いてマリアは急いでダイニングを出ていく。ロバートとボブが残りの皿を運んでテーブルにつくのとほぼ同時にマリアがダイニングに戻ってきた。
「お待たせ」
 そう言ってマリアが席に座れば夕食の時間が始まる。楽しそうに話をする母子をロバートが笑みを浮かべて見つめていれば、マリアがロバートを見て言った。
「お風呂に一緒に入ったんですって?」
「ん?ああ」
「シンの話を聞かせて貰ったって」
 マリアの言葉にロバートはハボックを見る。問いかけるような視線に困ったように俯く少年を見て男は目を細めた。
「仲良くなってくれて嬉しいわ」
「ジャンはいい子だからね」
 心の底から嬉しそうに言うマリアにロバートは笑って答えながら、ハボックの事をずっと見つめたいた。


「ジャン」
 もう寝ようと二階に上がろうとするところを呼び止められてハボックは立ち止まる。振り返れば仕事部屋の扉のところにロバートが立っていた。
「なんスか?」
 ハボックは階段を上がりかけた足をロバートの方へ向ける。男のすぐそばまで来ればロバートが言った。
「マリアに風呂に一緒に入ったことを話したのか?」
「え?うん。聞かれたから」
「シンの話をしたことを言って、それから?」
「そ、それからって?」
 確認するようにロバートに言われ、ハボックは困ったように視線をさまよわせる。男は少年の顎を掴んで自分の方へ顔を向けさせて言った。
「他にも話をしただろう?その話はマリアにはしなかったのか?」
「……し、してないっス」
「どうして?」
 そう尋ねられてハボックはギュッと目を瞑る。そうすればロバートが唇が触れるほど顔を近づけて繰り返した。
「どうして?ジャン」
「だ、だって……前にロバート、男同士の話をしようって言ったっしょ?母さんには出来ないような話をしようって。だからあれはそういう話だろうって……っ」
 男の性器を握らされた事などとても母親に言える話ではないだろうとハボックは思う。例えそれが勉強の一環だとしても、それを口にすればあの時の恐怖がまざまざと蘇ってしまいそうで、そんな自分をマリアには見せたくなかった。
「そうか、ジャンは賢い子だな」
「え?」
 間近で囁かれてハボックはギュッと瞑っていた目を開ける。目の前に迫る男の瞳に飲み込まれそうな気がして、ハボックは目を大きく見開いた。
「賢い子は好きだ。そう言う子にはもっともっと色んな事を教えてあげよう」
 ロバートはそう囁いてハボックの首筋に口づける。
「あっ?」
 チクリと走った痛みに首を竦めるハボックをロバートは突き放すように離した。
「おやすみ、ジャン。また明日」
「お…おやすみなさい、ロバート」
 にんまりと笑ってロバートは仕事部屋に戻ってしまう。ハボックがツキンと痛む首筋に恐る恐る手を当てた時、背後からマリアの声が聞こえて少年は飛び上がった。
「ジャン?どうかしたの?」
「う、ううんっ!なんでもないっ!おやすみなさい、母さんっ」
 ハボックはそう叫ぶように言うと、階段を駆け上がっていった。


「ただいまっ!」
「おかえり、ジャン」
 学校から帰ったジャンは扉を開けてくれた男を見上げてにっこりと笑う。マリアと二人で暮らしていた頃、学校から帰っても迎えてくれるのは“おかえりなさい”というメモとおやつだけだったが、今ではこうしてロバートが家にいてくれるのがハボックにはとても嬉しかった。
「今日はまた随分と埃まみれだな」
 汗の匂いと共に土の匂いをさせる少年にロバートが言う。
「うん、今日の午後の授業、サッカー大会だったから」
「ほう?どこのポジションなんだ?」
「ミッドフィルダー。ねぇ、ロバート、オレ、シュート決めたんスよ!二本も!」
「それは凄いじゃないか」
 嬉しそうに言う少年にロバートが答える。ハボックはボールを蹴る格好をしながら言った。
「すっごい気持ちよかった。でも、いっぱい走ったから足がクタクタっス」
 ふぅ、とハボックは息を吐き出す。そんなハボックを見てロバートが言った。
「そう言うときはマッサージするといい。風呂から出たら私がマッサージしてやろう」
「マッサージ?ロバート、そんなの出来るんスか?」
「免許とまではいかないがね、一応勉強しているから」
「ロバートってホント何でも出来るんスね!」
 そう言って尊敬の目で見つめてくる少年にロバートは笑って頷くと風呂へと促した。


「ズボンを脱いでベッドに横になりなさい、ジャン」
 いつものように一緒に風呂に入った後、ロバートがハボックに言う。風呂上がり、部屋着の薄いTシャツとズボンを身につけていたハボックは男の言葉に目を丸くした。
「ズボン脱ぐんスか?どうして?」
「マッサージするのにズボンをはいていたら邪魔だろう?」
「は、あ……」
 一緒に風呂に入っているとはいえ、ズボンを脱いで下着姿を晒すというのはまた違う恥ずかしさがある。それでもマッサージをすると言われれば、ハボックは言われたとおりズボンを脱ぎベッドに俯せに横たわった。
「これでいいっスか?」
「ああ、少し痛いかもしれんが我慢するんだぞ」
「はい」
 ハボックは頷いて枕を抱え込むようにして目を閉じる。すんなりと伸びる白い脚を前にして、男は目を細めて笑みを浮かべた。
「ん」
 触れてくる男の手にハボックの体がピクリと震える。ゆっくりと揉み始める手に、最初は緊張して強張っていた体も次第に力が抜けてハボックはため息をついた。
「気持ちいいか?」
「はい、ちょっと痛いけど……イタ気持ちイイっス」
「そうか」
 ロバートの手がふくらはぎを揉み足首を解し、足の裏を揉み込む。ところどころ痛いと思うものの疲れた筋肉を揉み解して貰うのは気持ちがよく、ハボックがうつらうつらし始めた時、不意に男の手がハボックの内股に触れた。
「ひゃっ?」
 突然敏感な部分に触れられて、ハボックは反射的に身を捩ろうとする。だが、男に圧し掛かるように押さえ込まれて、ハボックは肩越しに見上げて言った。
「ロバート、そこ……ッ」
「いいからじっとしてなさい、ジャン」
 イヤだと言う前にピシャリとそう言われて、ハボックは仕方なしに体をベッドに戻す。撫で回すように腿をさする手が、時折内側に滑り込んではハボックの双丘との境を行き来した。
「……ッ、…ッッ」
 くすぐったいようなむず痒いようなそんな感覚にハボックの体がピクピクと震える。ギュッと枕を抱えてその感覚に耐えていたハボックが、我慢仕切れずにもういいと言うより一瞬早くロバートが言った。
「気持ちいいだろう?最初はくすぐったいかもしれんが、段々気持ちよくなってくるんだ、ここは」
「あ……はい…っ」
 そんな風に言われれば“やめて”と言えなくなってしまう。そんなハボックの気持ちを知ってか知らずか、腿をさすっていた手の動きが大胆になり、上下に動くたび少年の双丘の狭間を掠めるようになった。
「んっ……ん、ふ…ッ」
 いつしか男の手が敏感な内股だけをさすり、悪戯に狭間に触れてくるようになってきたことに少年は気づかない。泣きそうに顔を歪め、それでも枕を抱き締めて手の動きに耐えるハボックの姿にロバートはほくそ笑む。ピクピクと震える少年の柔らかい肌の感触を暫く楽しんだ男は、手を離して言った。
「よし、これくらいマッサージしておけばいいだろう。気持ちよかったかい?ジャン」
「は…はい。……ありがとう、ロバート…」
 漸く男の手が離れて、ハボックはぐったりとベッドに沈み込んで答える。何故だか下肢が熱く重たい感じがして、ハボックは体を起こす事が出来なかった。
「眠たくなったか?そのまま夕飯まで少し休むといい」
 ロバートはそう言ってハボックの髪をかき混ぜて部屋を出ていってしまう。一人残されたハボックは訳も判らず溢れてくる涙を止められず、小さく震えながら枕を抱き締めていた。


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