| 菫青石の恋 〜 second season 〜 第二十二章 |
| モリスがアドレス帳の不動産会社に引っ越し先を当たってくれている間に、モーガンは古い書類を広げて読み返す。大半を占める相続関係の書類からはハボックが言った“人殺し”云々と結びつくものがあるとは思えず、それ以外に何かヒントになるものはないかと、モーガンは目を皿のようにして書類を繰っていった。 「ジャンの祖父っていうのは資産家だったんだろう?」 電話を切ったモリスが煙草に火をつけながら言う。モーガンは古い書類に丁寧に目を走らせながら答えた。 「ああ、ジャンが今いるアパートの他にかなりな広さの邸宅を持ってそこに住んでたんだが、流石にジャンが一人になった時に売り払ってな。それだけでも相当の金額になるが、それ以外にも株や証券がわんさか」 「ロバートというのはジャンの祖父の財産でも狙ってきた奴なのかな」 「どうかな、そもそもいつ頃の話なのかも判らんからな」 モーガンはそう言って一つため息をつく。古い書類からは特に目新しい事も見つかりそうになくて、モーガンはボリボリと頭を掻いた。 「自分を人殺しだなんて言うのはよっぽどのことだ。忘れていたのもおそらくは自己防衛本能の現れだろう。忘れてしまわなければ個として成り立って行けなかったってことだ。そうまでして忘れていたかった過去を暴くようなことをしてもいいんだろうか」 「思い出してないときならいざ知らず思い出してる現状でそんなこと言っても仕方ないだろう?むしろ、どう言うことなのかきちんと理解した上で接してやらんといけないんじゃないのか?」 モリスにそう言われてモーガンは「ふむ」と頷く。それから書類をもう一度初めからめくって言った。 「こんな大事なこと、なにかしら残っていそうだよなぁ。それともアパートにあるのか?」 モーガンは言いながら何の気なしに書類の束と一緒にファイルに入っていた封筒を取り上げる。何も入っていなさそうだと破ろうとした瞬間、うっすらと透けて見えた紙片に手を止めた。 「なんだ?」 そう呟いて袋の口を開いて覗き込む。逆さにして振ればひらひらと出てきた紙片を見て眉を寄せた。 「なんだ、これ。こんなもの前から入ってたか?」 そう言うモーガンの手元をモリスが腰を浮かせて覗く。なにやら数字が書き込まれた紙片を見て言った。 「封筒に入ってたのか?お前が書いたものじゃ───」 「ない。俺の字じゃない」 モーガンは言って封筒に何か書いていないかと確かめる。上質な白い封筒には、だが何も書かれてはいなかった。 「なんの数字だろう?」 「数字といったら銀行の口座番号とか……後は電話番号か?」 モリスの言葉を聞いて、モーガンは受話器を取り上げる。メモを見ながら番号を回して少し待てば、カチリと回線が繋がる音がした。 「……もしもし?」 繋がったと思ったが誰の声もしないことを訝しんで、モーガンは受話器の向こうに呼びかける。数秒して『はい』と聞こえた男の声にホッと息を吐いてモーガンは言った。 「突然の電話で失礼いたします。私はイーストシティで弁護士事務所を開いておりますリック・モーガンと申します。そちらは……サミュエル・ハボックさんのご関係の方ですか?」 ハボックの祖父の名を出して尋ねたが相手からの返事はない。モーガンは一瞬迷って、それから後見を務める青年の名を出して言った。 「お電話を差し上げたのはサミュエルさんの孫のジャン・ハボックさんのことでお尋ねしたいことがあったからです。私はジャンの後見を───」 『モーガンさま』 言いかけたモーガンを遮って電話の男が言う。なんだと耳を澄ませれば男が続けた。 『ご連絡先を教えて頂けますか?折り返しこちらからお電話を差し上げます』 「急ぎの用件なんです、出来れば今お話させて頂きたいのですが」 『すぐ折り返させていただきます。ご連絡先を教えて下さい』 繰り返し言われてモーガンは言いかけた言葉を飲み込むと事務所の番号を伝える。慌ただしく切れた電話にため息をついて受話器を置けば、息を潜めて耳をそばだてて聞いていたモリスが言った。 「繋がったのか?誰だ、相手は?」 「判らん。折り返し連絡するから番号を教えろとしか言わなかった」 「大丈夫なのか?それで」 心配そうに言うモリスにモーガンも眉を顰める。一刻も早くベルが鳴るよう念じながら二人は電話をじっと見つめていたのだった。 震えながら窓辺に座っていたハボックだったが、やがてゆっくりと顔を上げる。少しの間通りの向こうの洋菓子店を見つめていたハボックは、手を伸ばしてブラインドを下ろしてしまうと車椅子を操って戸棚に近づいた。抽斗を開け中から便箋と封筒を取り出す。それを膝の上に載せて車椅子をテーブルに寄せると便箋を広げペンを手にした。どう書けばいいのか、考えがまとまらないままに相手の名をしたためる。その名をじっと見つめるだけで、相手への想いが身の内で荒れ狂って苦しいほどだった。 「マスタングさん……」 本当は考えたりせずとも書く内容など判りきっている。どんなに先延ばししようとしても、結果は変わらないのにと思えばハボックは苦く笑った。 「どこまで逃げる気なんだ、オレは……」 卑怯者、と口の中で罵ってハボックはペンを握り直す。グッと唇を噛むと書くべき言葉を一気にしたためた。ペンを置いて便箋を畳み宛名を書いた封筒に納める。それからリングをはめた左手を右の手でギュッと握り締めていたが、指からリングを外すとそれも封筒の中に入れた。封を閉じテーブルの真ん中にそっと置く。僅かに盛り上がる封筒をじっと見つめていたハボックは、やがて一つ瞬くと封筒をそのままに寝室へと入っていった。 事務所の中に不動産会社の担当者と話すモリスの低い声が聞こえている。その声を聞きながらモーガンは苛々と煙草の煙を吐き出した。さっきからもう三時間以上待っている。その間、電話が鳴る度受話器に飛びついたが、そのどれもが待っている相手からのものではなかった。 「くそ…っ、やはり電話を切るんじゃなかった」 しびれを切らして回した番号はむなしく鳴るばかりで誰も出はしなかった。モーガンが低く呻きながらくしゃくしゃと髪をかき回した時、電話がリンと鳴ってモーガンは手を伸ばしてガッと受話器を掴む。 「モリス&モーガン弁護士事務所ですッ!」 怒鳴るように事務所の名を言えば電話の向こうの相手が息を飲む気配がする。何か相談しようと電話をしてきた新しい顧客なら、こんな乱暴な事務所は嫌だとそのまま切られてしまうかもしれないとふと思ったが、今はそんなことなど構っていられなかった。 「もしもし、モリス&モーガン弁護士事務所ですが」 それでもさっきよりはトーンを抑えて事務所の名前を繰り返す。そうすれば受話器から女性の声が聞こえてきた。 『モーガンさんをお願いできますか?先ほどジャン・ハボックの件でお電話を頂いた者です』 そう言う声にモーガンはハッとして受話器を握り直す。 「私がモーガンです。お電話お待ちしておりました」 昂ぶる気持ちを抑えてそう言うモーガンに女性が言った。 『ジャンのことでお電話を頂いたと聞きました。……ジャンに何かあったんですね?』 「その前に失礼ですがお名前を伺えますか?実はあの番号はジャンの祖父母の相続関係の書類から出てきたもので、何の番号かも判らぬままお電話を差し上げたのです」 遺された書類の中にひっそりと忍ばせてあった番号。祖父母を亡くして天涯孤独だと思われたハボックを知る者が現れたのだ。それが一体誰なのか、尋ねたモーガンに女性が答えた。 『私はジャンの“最後の砦”です』 そう答える声に、モーガンは目を見開いて息を飲んだ。 |
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