| 菫青石の恋 〜 second season 〜 第十章 |
| 「あ……私は…」 ずっと会いたくてあいたくて、漸く顔を見れば溢れる想いが止められない。ロイは思いがけず零れてしまった言葉にキュッと唇を引き結んで言った。 「ずっとお前が欲しかった、ハボック。私にお前をくれないか?」 ハボックの傍に跪き空色の瞳を見つめる。じっと見つめてくるロイの視線から目を逸らしてハボックは言った。 「欲しい、って?どういう意味っスか?」 ロイの口調からなんとなく察せられたものの、ハボックは混乱してそう尋ねる。ロイは立ち上がってハボックをギュッと抱き締めるとその耳元に囁いた。 「お前の唇も肩も腕も胸も、お前を形作る全部が欲しい。お前を……抱きたい、ハボック」 「え……ッ?!」 はっきりとそう言われてハボックは飛び上がりそうになる。目をまん丸にしているハボックにロイは言った。 「言っている事が判るか?お前とセックスしたいんだ、私は」 「……ッッ!!」 ハボックは今度こそ本当に車椅子の上で飛び上がる。グッと腕を突っぱねて視線を落としてしどろもどろに答えた。 「や……セッ、セックスって…ッ!オ、オレとマスタングさんがッ?!」 「そう、私とお前が」 「なんでッ?!」 思わずそう叫んでしまえばロイが目を見開いてハボックを見る。瞳が零れ落ちてしまいそうなほど大きく目を見開いているハボックの頬を撫でてロイは言った。 「私はお前が好きだ。お前も私を好きでいてくれるんだろう?」 優しく尋ねればハボックがおずおずと頷く。ロイは笑みを浮かべて言葉を続けた。 「好きな者同士がセックスしたいと思うのは極自然な流れじゃないのか?」 そう言ってまっすぐに見つめてくる黒曜石の瞳をハボックは見返す。それから少し視線を落として言った。 「どうして?どうしてオレなんスか?マスタングさんならオレなんかじゃなくても他に幾らでも似合う人がいるじゃないっスか。アンタに似合いの綺麗な女の人を選んだ方が───」 「ハボック」 きつい口調で遮られてハボックは口を噤む。ロイは俯くハボックの顎を掬ってその瞳を覗き込んで言った。 「他の誰かなんて考えられるわけないだろう?お前でなければ意味がない。私が欲しいのはお前なんだ」 「だからどうしてっ?オレがこんなだから同情してんスかっ?」 「そんなわけあるかッ!」 声を荒げるハボックに負けじとロイも声を張り上げる。目を見開くハボックにロイはひとつため息をついて気を落ち着かせると言った。 「そんなわけないだろう、ハボック」 そう言ってロイはハボックの頬に両手を添える。うっすらと涙を浮かべる空色の瞳を見つめて言った。 「私はお前も知っている通り無類の甘いもの好きでね。あの店が出来た当初から仕事を抜け出しては買いにきていた。いつだったか私を迎えに来たブレダ少尉の小言を延々と聞かされて、いい加減うんざりして辺りを見回していた時、偶然アパートの窓にお前が座っているのを見つけた。あの時のショックは忘れられない」 ロイはじっと見つめてくるハボックを見返して続ける。 「吸い寄せられたように視線が張り付いて動かせなかった。少尉の声も街のざわめきも何も聞こえなくなって、お前が座る窓しか見えなくなった。それ以来私が店に通うのは菓子を買う為ではなくお前の姿を見るためになった」 「マスタングさん……」 「最初は姿を見るだけでよかった。お前が空や風や通りを行き交う人々を見つめながら時折微笑んだりするのを見ているだけで幸せな気持ちになった。そのうちもっと近くでお前を見てみたいと思うようになった。その声を聞いて話をしてみたいと思った。店に来る度私が“外に出てきてくれ”と念じていたのを知ってたか?」 ロイは言ってハボックの体をそっと抱き締めた。 「漸くお前と話が出来るまでになって、私がどれほど浮かれていたか気づいていたか?お前が何か言う度、お前が笑う度、何かの拍子に触れる度、私の中がお前で一杯になってお前しか見えなくなって……。私は初めて自分が満たされている事に気づいたんだ。失くしていた私の魂の半分と漸く巡り会ったような、そんな気がして」 そう言ってロイは熱い胸の内を伝えようと抱き締める腕に力を込める。 「お前が好きだ、ハボック。初めてお前を見たときから。お前以外の誰もいらない、お前が、お前だけが」 欲しい、と耳元に囁かれてハボックの体が震えた。ロイは少し体を離してハボックの顔を覗き込む。ゴクリと唾を飲み込むと改めて尋ねた。 「お前が欲しい、ダメか?ハボック」 「オ、オレ……やり方判んないっスけどッ、シた事ないしッ」 「私も男同士のセックスは知識でしか知らんが……」 ロイはそう言って苦笑する。 「焦ってお前を傷つけるような事はしないと約束する」 ハボックの体を抱き締め赤く染まった頬に手を添えたロイはハボックが震えていることに気づいた。 「ハボック」 「オレ、セックスしたことないっス」 ロイから視線を逸らして自分の膝を睨みつけるようにしてハボックが言う。そう言われてロイはハボックが如何に限られた世界で過ごしてきたかに気づいた。ハボックにとって世界はガラス越しで、たとえハボックが自分を想って見つめていてくれたにせよそれは酷く穏やかで優しい気持ちであったに違いない。自分の中の滾るようなハボックへの想いとの温度差は想う気持ちの強さの差などではなく、過ごしてきた世界の違いなのだ。それでもハボックが自分を好きだと想い、自分の気持ちを受け入れてくれた事は、ハボックにとって嵐にも似た経験であるに違いない。 「愛している、ハボック。愛しているから……こんな布越しじゃなくお前の全てを直に感じたい」 「マスタングさん」 熱い想いを込めて囁けば空色の瞳がロイを見る。ロイは優しく微笑むとハボックに口づけていった。 「ん……んふ……」 啄むような口づけが段々と激しさを増していく。ロイはハボックの頭を抱え込むようにして深く唇を合わせるとハボックの口内に舌を差し入れた。ハボックのそれをきつく絡め取り、甘い口内を思うまま蹂躙する。歯列をなぞり柔らかい頬の内側を舐め、上顎を掠め逃げる舌先を追いかけるように己を舌を蠢かせば、ロイのシャツを掴むハボックの手が小刻みに震えた。散々に嬲って漸く唇を離せばハボックが息を弾ませてロイを見る。とろんと蕩けた空色の瞳と色素の薄い唇の端から零れた銀色の糸に、ロイはゾクリと身を震わせてハボックを抱き上げた。 「あ…ッ」 ふわりと浮かび上がる感覚にハボックは思わずロイにしがみつく。ロイはハボックを抱えたまま寝室に入るとハボックの体をそっとベッドに下ろした。 「ハボック……」 光源と言えば開け放った扉の向こうから差し込むリビングの灯りだけの薄暗く沈んだ部屋の中で、ハボックの瞳はグレーがかって見える。ロイはその空色を確かめようとするようにハボックに圧し掛かると、再び唇を合わせた。 「んっ……ぁ、マスタングさ…っ」 くちゅり、ぴちゃぴちゃという水音と共に繰り返される激しい口づけに、ハボックはついていけず逃れようとして首を振る。唇が離れてホッとしたのも束の間、今度は耳の付け根に唇を押し当てられてハボックは驚いて目を見開いた。 「あっ?!」 チクリとした痛みが走ってハボックはビクリと身を震わせる。濡れた舌先が首筋を辿るのと同時にシャツの裾から入り込んだロイの熱い掌に肌を撫でられて、ハボックは身を強張らせた。 「ハボック……」 ロイは宥めるようにハボックを呼んで頬をそっと撫でる。大きく目を見開いて見つめてくるハボックに優しく微笑んで言った。 「大丈夫、怖くないから」 「マ……マスタング、さん…ッ」 食いしばった歯の間から呻くようにハボックがロイを呼ぶ。ガチガチに固まった体をベッドから浮かせると、ロイは素早くハボックのシャツを脱がせてしまった。 「あ……」 肌に直接触れるシーツの感触にハボックはブルリと震える。ロイはハボックを見つめたまま上着とシャツを脱ぎ捨て上半身裸になった。 「ハボック……」 優しく微笑んでロイは想いを込めてハボックを呼ぶ。ゆっくりと体を倒してベッドに横たわるハボックをそっと抱き締めた。直に触れる滑らかな肌にロイは少年のように胸を高鳴らせる。ギュッと抱き締め軽く口づけると体を離し、改めてハボックを見下ろした。夜闇に浮かぶ白い肌、僅かな光をも反射して光る金糸、いつもより暗い色に見える瞳、その何もかもが愛しくて笑みを深めたロイがハボックを呼んだ時。 「ハボック……ジャン」 ハボックの体が今までにないほど大きく震えた。元々見開かれていた瞳が更に大きく見開かれる。唇から零れる呼吸が忙しないものになり、小刻みに体を震わせて浅い呼吸を繰り返すハボックの様子がおかしい事に気づいたロイは、軽く眉を寄せた。 「どうした?」 そう言ってロイが伸ばした手がハボックの頬に触れた瞬間、ハボックは悲鳴を上げてロイの手を払いのける。 「イヤァッ!!」 「ハボックっ?」 突然の事に驚いて目を見開くロイの下から、ハボックは身を捩って逃げようとした。シーツを掴んでグイと不自由な体を動かそうとするハボックに、ロイは慌てて手を伸ばす。ロイの手が剥き出しの肩に触れれば、ハボックが再び悲鳴を上げた。 「ヒィィッッ!!」 「な…ッ?」 「嫌っ!!いやあぁッッ!!」 「ハボックっ!どうしたんだ、おちつけ!」 ロイは逃げようともがくハボックの体をベッドに押さえつける。そうすればハボックが恐怖に見開いた瞳でロイを見上げた。 「ヒ……」 「ハボック?」 ガタガタと震えるハボックにロイは目を見開く。慌ててブランケットを引き寄せるとハボックの体を覆った。 「ハボック、もうしない。だから怯えないでくれ」 ロイはそう言ってハボックの頬を撫でる。それだけの事に恐怖でヒュッと喉を慣らすハボックからロイは急いで体を離した。暫くそのまま恐怖に凍り付いたハボックを見つめていたロイは、視線を逸らすとゆっくりとベッドから下りた。脱ぎ捨てたシャツを拾い身につけるとハボックを見つめる。凍り付いたまま天井を見上げているハボックにそっと顔を近づけると囁くようにハボックを呼んだ。 「ハボック」 そうすればピクンと震えたハボックの視線がゆっくりとロイに向けられる。何も言わずに見つめてくるハボックにロイは優しく微笑んで言った。 「怖がらせて悪かった。そんなつもりはなかったんだ、赦してくれ、ハボック」 そう言ってもハボックはただロイを見つめるだけで答えない。ロイは困ったように視線をさまよわせて、再びハボックを見ると言った。 「今夜は帰るよ。服を着せてやろう」 ロイはそう言ってシャツに手を伸ばす。だが、シャツを手にする前に天井に視線を戻したハボックが言った。 「自分でできます」 小さな声は耳を澄ませてやっと聞き取れるほどだ。ロイは一瞬止めた手でシャツを拾うとハボックのすぐ傍に置いてやった。 「ハボック、私は」 何か言わなくてはと言いかけて、だが天井を見つめたままロイを見ようとしないハボックに言葉を見つけることが出来ない。 「悪かった……おやすみ」 呟くようにそれだけ言って、ロイは寝室から出ていった。 |
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