| 菫青石の恋 第八章 |
| 風呂から出てきたロイをソファーに座らせるとヒューズはロイにカップを手渡す。受け取ったままぼんやりとカップの中を見つめるロイにヒューズは言った。 「まずそれを飲め。話はそれからだ」 そう言っても動かないロイにヒューズはもう一度飲むように促す。そう言われてようやくロイは手にしたカップに口をつけた。暫くの間互いに何も言わずにいたが、ヒューズはロイが少し落ち着いてきた様子なのを確認して口を開いた。 「一体何があったんだ、ロイ」 そう聞いてもロイは口を開かない。ヒューズは仕方なしに言葉を重ねた。 「俺と別れる前にシュトフを見かけたな。あの男が何か関係あるのか?」 それでも何も答えないロイに、ヒューズが1つため息をついてさらに何か言おうとした時。 「ヒューズ。自分の知り合いが誰か他の人間と一緒にいるのを見て、ムカムカするのは何なんだろう」 「は?」 「ソイツが自分以外のヤツに触れさせてるのを見てると、ムカムカするんだ。心の中にドロドロと黒いものが湧き出てきて、ソイツの周りにいるヤツ全員燃やしてやりたくなる。どうしてだと思う?」 ロイの言葉にポカンとしているヒューズを見るとロイは続ける。 「ソイツを誰にも触れさせたくないんだ。触れさせたくない。そうしようとするヤツは例え誰だろうと片っ端から燃やしてやる。ソイツに触れていいのは私だけだ。あの空色の瞳が映し出していいのは私だけだ。他の誰も映して欲しくない。そんなことは耐えられない」 そう言って見つめてくる黒い瞳をヒューズは唖然として見返す。ヒューズは1つ瞬くとロイに聞いた。 「あー、そのお前の知り合いってヤツに近づくヤツら全員燃やしたくなるのか?」 「ああ」 「ソイツに触るやつを見るとムカムカして苛々してぶん殴りたくなる?触っていいのは自分だけだと思ってる?」 「ああ」 ヒューズは指先で額を叩くとロイに聞く。 「お前さ、もしかしてその知り合いってヤツに無性に会いたいとか触りたいとか、そういうこと思ったことあるか?」 「会いたいと思うのはしょっちゅうだ。だから会いに行ってるし、触りたいっていうのは…抱きしめたいと思ったことはある」 そう言いきるロイにヒューズは眩暈がした。ずいと顔を突き出すとロイをじっと見つめる。 「ロイ、そのぶん殴りたくなるって気持ちはいわゆる嫉妬って言うヤツだ。でもって、お前はその知り合いとやらが好きなんだよ、ソイツに恋してるんだ!」 ヒューズの言葉にロイは目をまん丸に見開いた。何も言わずにじっと見つめてくるロイにヒューズはため息をついた。 「学生ん時からすげぇモテるクセに誰も寄せ付けなかったお前が恋かよ、うわ、マジ?」 「恋?私が恋してるっていうのか?」 「会いたいんだろ?抱きしめたいと思ったこともあんだろ?その子が笑うと嬉しかったりしないか?でもってその子の周りにいるヤツ全部燃やしてやりたいと思うんだろ?」 ヒューズがそう言えばロイが頷く。 「そういう気持ち、前者を恋、後者を嫉妬って言うんだよ」 半ば呆れたようなヒューズの言葉にロイは自分の気持ちがストンと当てはまる事に気づいた。確かに自分はハボックを好きなのだ。だからこそハボックに会いたくて堪らなかったし、金に物言わせてハボックを好きにしているシュトフが赦せなかったのだ。 「お前が恋かー。いや、なんか安心したわ。お前がその気になれば落ちない女なんていないだろうしな。で、どこの美人よ。お前が恋してる相手ってのは」 「ハボックは女じゃないぞ」 ジンジャーティを啜りながらそう言うロイにヒューズはキョトンとする。 「ロイ君、今なんて仰いましたか?」 「ハボックは女じゃないと言ったんだ」 サラリと答えるロイにヒューズは思わず立ち上がった。 「ちょっと待てっ!っつことは、なんだ、部下か誰かかっ?軍人なのかよっ?!」 「ハボックは軍人じゃない」 「じゃ、バーのウェイターかなんかか?」 「いや…ベアルファレスの館にいるんだ」 ロイの言葉にヒューズは顔を険しくする。黙ったまま暫くロイを睨みつける様に見ていたが低い声で言った。 「ソイツはやめとけ、ロイ」 「どうしてだ?」 「ベアルファレスって、あの歓楽街の高級娼館だろうっ?そこにいるってことは男娼ってことじゃないのかっ?」 「…そうだ」 肯定の言葉にヒューズは一瞬息を飲む。 「男娼に恋してどうすんだよ…っ、本気でお前のことを相手にするわけないだろうっ!例えお前に甘い言葉を囁いたとしても、仕事なんだよ、自分を気に入ってもらって買ってもらうためのお芝居なんだぞっ」 「ハボックを買ったことはない」 そう言うロイにヒューズは目を見開いた。 「いつも話をしているだけだ。ハボックを抱いたことはない。ずっと、金で買うのを嫌だと思っていた。それがどうしてなのか判らなかったが今お前と話をしていて気がついた。私はハボックの体が欲しいんじゃない、心が欲しいんだ。だから金で買いたくなかった」 「…サイアクだ」 ヒューズはドサリとソファーに座り込むと言った。 「よりによって初恋の相手が男娼かよ。叶うわけねぇ」 「そんな事判らないだろう」 「叶うわけないだろうっ!男に体売ってんだぜ?本気でお前を相手にするわけねぇだろう?」 「…それでも私はハボックが好きだ」 「ロイ」 「好きなんだ」 まっすぐに見つめて迷いなく告げるロイにヒューズは言葉をなくす。ソファーに体を預けて目を閉じるとぐったりとした様子で言った。 「神様は意地悪だな。お前が望めばどんな相手だって叶うだろうに、なんでよりにもよって男娼なんだ?」 ヒューズは目を開けるとロイを見る。 「シュトフは客なんだな?」 「たぶん。公園でシュトフがハボックを抱いているのを見た」 「お前、そんなもん見ていながら…っ」 「発火布をつけていたらシュトフを焼き殺していた。シュトフだけじゃない、あの場でハボックを見ていた男ども全部」 「ロイ…」 ヒューズは深いため息をつくと聞いた。 「これからどうするつもりなんだ?」 「好きだと言う」 「相手にされなかったら?」 「何度でも言う」 ロイの言葉にヒューズは頭を抱える。抱えた手の間からロイを見ると言った。 「諦めるって言う選択肢はねぇのか?」 「ない」 キッパリと言いきるロイにヒューズはがっくりと突っ伏してしまう。その時、ようやくロイの手に血が滲んでいる事に気づいて立ち上がると救急箱を取ってきた。ロイの隣りに腰を下ろすとその手をとり、消毒して薬を塗るとガーゼをあて包帯を巻く。黙ったままヒューズに手を預けているロイの顔を間近から見つめるともう一度聞いた。 「諦める気はないのか、ロイ?」 「ないよ、ヒューズ。私はアイツをあそこから連れ出したい。他のヤツには触れさせない。自分のものにしたいんだ」 そう言って笑うロイにヒューズはもうそれ以上何も言うことは出来ないのだと覚る。包帯を巻き終わった腕をポンと叩くと言った。 「しかしまあ、なんでまたソイツ…ハボックだったか、ハボックと知り合ったんだ?お前、そういう意味での男は全く興味なかったろ?」 「人気が高じて刃傷沙汰を引き起こした売子がいると聞いたから,、ブレダ少尉たちと話のタネに会いに行ってみたんだ」 「そんなことで…」 げんなりとした顔をするヒューズにロイは言う。 「明るくて、売子をしているなんてことはまるで匂わせない男だよ。よく笑うしよく拗ねる」 「美人なのか?」 「女っぽいと言う意味ならそういうところは全然ないな。マッチョではないが綺麗に筋肉の載った体をしてるし、背も私より高い。だが笑うととても可愛いんだ」 「お前よりでかくてカワイイ男っての、想像つかないんですけど」 眉を顰めるヒューズに構わずロイは言葉を続けた。 「瞳が凄くきれいなんだ。青空を切り取ったような綺麗な空色で、髪は蜂蜜色なんだ。人種なんだろうな、綺麗な白い肌で照れると目尻が刷毛で刷いたように桜色に染まってますますカワイイ」 目を細めて愛しそうにそう話すロイにヒューズはそっとため息をつく。 (ったく、よりによって男娼だなんて…) ヒューズはずっと誰のことも愛せないでいるロイのことが心配だった。士官学校を経て共にイシュヴァールの地に立ち錬金術師であったが故に自分よりずっと傷ついてしまったこの優しい男を支えてくれる誰かが現れることを、ヒューズはずっと祈っていた。ロイが誰かを愛したなら、例えそれがどんな相手だろうと自分だけは力になってやろうと思っていたのだが。 (あー、頭いてぇ…どうするよ、俺) ヒューズが悩んだところでロイは諦めないだろう。だったらせめて何か相談に来たとき、アドバイスくらいしてやろうと思うヒューズだった。 |
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