菫青石の恋  第三十三章


「ハボック?」
 支払いを済ませて戻ってきたロイはハボックの姿を探してあたりを見回した。
「どこか別の店でも覗いているのか?」
 そう呟いて近くの店をウィンドウ越しに見て回る。だがどこにもその姿が見当たらないことにロイの顔から血の気が引いていった。この間のようなシュトフの件もある。まさかまた何かに巻き込まれたのではとロイが必死にハボックの姿を探していると。
「あっ!大佐、いたっ!」
 突然聞こえた声に振り向けばそこには目を吊り上げたブレダが立っていた。
「ブレダ少尉?」
 驚いているロイにツカツカと近づくとブレダはロイを睨みつける。
「大佐っ、ハボックのこと、泣かせましたねっ!」
「は?何なんだ、いきなり」
「とぼけないでくださいよ。俺の大事な友人にあんな顔させてっ!いくら大佐でも――」
「ハボックを見たのかっ?」
 ロイを責め立てていたブレダはいきなり胸倉を掴まれて目を白黒させた。噛み付かんばかりの勢いのロイに一瞬気を殺がれると言う。
「ひでぇ顔して歩いてたから引きとめて、馴染みの定食屋で待たせてますよ」
「どこだっ!」
 ブレダはロイの手を胸元から離させると促して歩き出した。ロイも知っているその店に着けば、ロイは壊しかねない勢いで扉を開ける。
「ハボックっ!」
 開けると同時にそう叫べば、マスターと向かい合って腰掛けていたハボックが弾かれたように顔を上げた。
「突然いなくなるなっ、探しただろうがっ!」
 ロイはそう言うと駆けるように近づいてハボックの体を抱き締める。困ったように俯くハボックの頬に手を添えるとその顔を覗き込んだ。
「どうした?何かあったのか?」
 う聞かれてハボックは小さく首を振る。心配して見つめてくるロイにハボックは囁くように言った。
「ちょっと…疲れてしまって…」
「だったらそう言え。いきなりいなくなったら心配する」
「すみません」
 ロイはハボックの体をギュッと抱き締めるとその手を取る。促して立ち上がらせるとブレダとマスターを見て言った。
「騒がせて悪かったな」
「いいえ、構いませんよ、大佐」
「くれぐれもハボックのこと泣かせないでくださいよ、大佐」
 そう言う二人に手を振るとロイはハボックを連れて店を出る。途端に側から離れるハボックをロイは不満そうに見たが1つため息をついて歩き出した。

 殆んど言葉も交わさぬまま家に辿り着くとロイはリビングに入りソファーの上に上着を放り投げる。後から入ってきたハボックを引き寄せると僅かに強張る体を抱き締めてロイは言った。
「本当に心配したんだぞ。また何かあったのかと…」
「すみませんでした」
 小さく答えるハボックの顔を引き寄せてロイが口付けようとした時、来客を告げるベルが鳴ってロイはため息と共にハボックの体を離す。ハボックをリビングに残したまま玄関に出るとブレダが立っていた。
「少尉」
「ああ、すみません、大佐。司令部に帰って大佐とハボに会ったって話を中尉にしたら、丁度急ぎの書類もあるから 大佐を連れて来いって、中尉が」
「はあっ?なんだ、それは」
「お小言じゃないですかね、多分」
 澄ましてそう言うブレダにロイは内心何をホークアイに話したのだと舌打ちする。だが、急ぎの書類があるというのは本当なのだろうとブレダを待たせて中に入るとハボックに言った。
「すまない、ハボック。ちょっと司令部に顔を出してくる。急ぎの書類があるらしいんだ」
「オレの事なら気にせず行ってください。大丈夫っスから」
 そう答えるハボックの顔色が優れぬ事にロイは眉を顰める。
「なるべく早く帰ってくるからちゃんと休んでいるんだぞ」
「はい」
 ロイはハボックの頬に口付けると足早にリビングを出て行った。少しして車の走り去る音がしてひとり取り残されたハボックは暫くの間ぼんやりと立っていたがやがてゆっくりとソファーに腰を下ろす。ロイが投げ出していった上着に手を伸ばすとそれを引き寄せた。抱き締めるように腕に抱えれば鼻をつくのはロイのコロンの香り。ギュッと上着を抱きしめていたハボックは瞳を伏せて心を落ち着かせるように幾度か深い呼吸を繰り返していたが、やがて恐る恐る己のズボンへと手をかけた。ベルトを外しファスナーを下ろすと下着をずり下げて己を取り出す。既に僅かに反応を見せていたそれをゆっくりと扱き出した。
「ん…っ」
 最初は恐れるようだった動きが次第に早くなっていく。先端から零れる先走りの蜜がくちゅくちゅといやらしい音を立てて、ハボックは羞恥に上着の中へ鼻先を埋めた。その途端、強くなったロイの香りに手の中の己が嵩を増す。
「あっ…んふ…マスタングさん…っ」
 ぐちゅぐちゅと激しく扱いていたハボックはほんの少し迷ってから腰を上げるとズボンを膝まで下げてしまった。ソファーの上で膝を立てて脚を開くと己を扱いていた手を後ろへと回す。何かを欲して蠢いていた蕾につぷりと指を差し入れるとぐちゃぐちゃとかき回した。
「あ、あ…あん…はあ…マスタングさん…マスタングさん…っ」
 うわ言のようにロイを呼びながらハボックは沈める指の数を増やしていった。高々ととそそり立った中心から零れた蜜が蕾を濡らしいやらしい音を立てる。
「あっ…あふ…あっやあっ…イ、くぅ…っ」
 ハボックは背を深くソファーに預けるとそそり立った己と指を沈めた蕾を突き出すようにして身を震わせた。その途端びゅくびゅくと白濁が迸ってハボックは手にした上着へと顔を埋める。
「マ、スタ…グさん…っ」
 はあはあと荒い息を吐きながらハボックはぼんやりと天井を見上げていたが、やがてその空色の瞳から涙が零れ落ちた。ポロポロと涙を零しながらハボックは己の放った熱を手のひらで拭う。
(最低だ。なんてうす汚い下衆野郎なんだろう、オレは…っ)
 こんな真っ昼間の明るい光の下で、自分を慰めているなんて。
 ハボックはこんな浅ましい気持ちを抱いている自分が赦せなくて、涙を零し続けた。

「これと、それからこちらにサインをいただけますか」
 司令室に入った途端、ホークアイが差し出してきた書類を受け取ってロイは近くの椅子を引き寄せて座る。素早く目を通しているロイをホークアイはじっと見下ろしていたが、やがてロイがペンをとってサインをするのを見ると言った。
「大佐。彼を泣かせたら赦しませんよ」
 ホークアイの言葉にロイは一瞬手を止める。それからサインをかき上げてしまうとホークアイを見上げた。
「泣かせてなどいないぞ、私は」
「ブレダ少尉から聞きました」
「だから、誤解だ、それは」
 ロイは背もたれに背を預けると続ける。
「中尉。私はハボックが大事だ。幸せにしてやりたいと思っている」
「…それならよろしいのですが」
 ホークアイは1つ息を吐くと言った。
「ブレダ少尉が帰ってくるなり随分文句を言っていたので気になったものですから」
 ホークアイはロイの手元から書類を受け取って束ねる。
「私はまだ彼とはほんの少し言葉を交わしたことしかありませんけれども」
 そう言うとロイの顔を見た。
「彼には幸せになって欲しいと思うのです。何故でしょうね」
 そう言って優しく微笑む鳶色の瞳を見返してロイは笑う。
「中尉に取られないようにしないといけないかもしれないな」
「あまり泣かせるようだと本気で考えます」
 そう言うホークアイにロイは立ち上がると言った。
「誰にも渡す気はないよ、中尉」
「でしたら大事にしてあげてください」
「言われるまでもない」
 ロイはそう言って笑うと尋ねる。
「もう戻ってもいいのかな。ハボックが待ってる」
「お休み中のところをおよびたていたしまして」
 そう言うホークアイに手を振ると、ロイは飛び出すように司令部を後にしたのだった。


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