| 菫青石の恋 第十三章 |
| ロイは机の上を指で苛々と叩きながら電話の相手が出るのを待つ。人を食ったような間延びした声が受話器から聞こえた途端、一気に捲くし立てた。 「ヒューズ!調べてもらいたいことがあるんだ。シュトフのことなんだが1年前にセントラルからこっちに移ってきたと言ったな。何か理由があるのか?それから――」 『待て待て待てっ!ロイっ!いきなり人を呼び出したかと思えば一体なんだ?シュトフがなんだって?』 「調べて欲しいと言ってるんだ。こっちのことは調べるがセントラルで――」 『ロイっ!!』 きつく名前を呼ぶ声に流石にロイが押し黙る。電話の向こうで1つため息が聞こえたと思うとヒューズが言った。 『らしくないぜ、ロイ。一体どうしたんだ?』 「時間がないんだ、ヒューズ」 震えるような声に今度はヒューズが押し黙る。暫くしてポツリと囁くように聞いた。 『アイツ絡みなのか?お前、アイツに自分の気持ち――』 「言った。アイツも私を愛してると言った」 『マジかよっ?だったら――』 「それなのにアイツはさよならだと言うんだ。自分は薄汚い男娼だから私の側にいる資格はないと…っ」 電話の向こうから息を飲むような声が聞こえ、ロイは受話器を握り締めると呻くように言う。 「資格なんて誰が決めるというんだっ、冗談じゃないっ!アイツが私を好きだというなら逃がさない、何があっても私の物にする…!」 『ロイ…』 「頼む、ヒューズ、時間がないんだ。お前の力を借りたい」 いつもはスマートな振る舞いを信条とするロイのなりふり構わぬ様子にヒューズは言葉に詰まったようだった。だがすぐにキッパリとした声で答えた。 『判った。シュトフのことだな。超特急で調べてやる』 「感謝する、ヒューズ」 ロイはそう言って電話を切ると宙を睨む。暫く考えるようにじっとしていたが再び受話器を取るとダイヤルを回したのだった。 「ハボック!お前、シュトフからの身請けの話、受けたってホントかっ?!」 控え室に入ってくるなりブルーノがそう言う。シャワーを浴びて着替えていたハボックはブルーノに言った。 「ホントだよ、ブルーノ」 「どうしてっ?!だってお前はマスタングさんのことが好きなんだろうっ?マスタングさんだってお前が――」 そう怒鳴るブルーノをハボックはヒタと見つめる。その綺麗な空色の瞳に思わず押し黙ったブルーノに、ハボックがぽつりと言った。 「マスタングさんと何か話したの?そうか、アンタが何か言ったから、だからマスタングさんが来たのか…」 「マスタングさんに会ったのかっ?だったら――」 「ブルーノ」 ピシャリと遮る声にブルーノが口を噤むとハボックが言う。 「ダメだよ、ブルーノ。堅気の人に変なこと吹き込んじゃ。その気がなくてもそうだと思い込んじゃうだろう?」 「その気がないなんてそんな事あるもんか。マスタングさんは本気でお前のことを想ってる。お前だってマスタングさんが好きなんだろうっ?だったらどうしてっ?!」 問い詰めるブルーノにハボックが答えた。 「オレとあの人じゃ住む世界が違う。オレにはシュトフやエゴロフのものを咥え込んでるのが似合ってるんだよ」 「ハボック!!」 「出会ったのが間違いだったんだ」 薄汚れた床を見つめながらハボックが呟く。 「出会わなければよかった。なまじ支えになるようなものを見つけてしまったからここまで生きながらえちまった。そんなものなければもっと早く死ねたのに…っ」 「バカなこと言うなっ!!死ぬなんてそんな事言うもんじゃないっ!!生きたくたって叶わなかった奴だっているんだぞっ!!」 カッとして怒鳴るエゴロフをハボックが睨んだ。 「オレはアンタの弟じゃない」 そう言うハボックをブルーノが睨み返す。 「そうだ、お前は弟じゃない」 そう返してくるブルーノを意外そうに目を見開いて見つめるハボックにブルーノは言った。 「弟には誰も助けてくれる人はいなかった。だがお前は違う。お前を愛して助けてくれようとする人がいるのに、何故その手を拒むんだっ?何故だっ?!」 そう怒鳴るブルーノをハボックは見つめる。大きく見開いていた空色の瞳をくしゃりと歪めてハボックは言った。 「何故?アンタがそれを聞くの?」 ハボックの唇が嘲笑うように歪む。 「オレに男のモノのしゃぶり方教えたの、アンタだろう?アンタが連れてきた客にオレを抱かせたんじゃないか。オレがソイツら相手にどんなことしてきたか、全部知ってるくせにそれを聞くの?」 「ハボック、俺は…」 「ずるいよ、ブルーノ。自分が弟を助けられなかったから同じような境遇だったオレだけが助かるのが赦せなくてオレを男達に抱かせたくせに、今度は自分の良心の為にオレにマスタングさんの手を取れって言う。ホントはオレがマスタングさんの手をとることなんて出来ないって知ってるくせに、それなのにっ!」 ハボックの言葉にワナワナと震えるブルーノを見てハボックは苦く笑った。 「満足した?自分の良心の平安を得る為にマスタングさん、けしかけて。オレがその手を取らずにシュトフやエゴロフにメチャクチャにされて死んじまえばいいと思ってるんだろうっ!」 「…っっ!!」 ハボックがそう叫んだ瞬間、頬を打つ音が鳴り響き、ブルーノに思い切り頬を張られたハボックが床に倒れ込む。目を見開いて息を弾ませるブルーノを見上げたハボックはゆっくりと立ち上がると言った。 「もう、そんなに時間かかんないから。安心したろ?思い通りになって」 それだけ言うとハボックは部屋を出て行く。何も言えずにその背を見送ったブルーノはがっくりと床に膝をついた。 「違う…そうじゃないんだ、ハボック…」 ブルーノは床に爪を立てるように手を握り締めると顔を歪めて突っ伏したのだった。 カチャリと扉を開けるとそこではシュトフが煙草を燻らせながら待っていた。ハボックは部屋の中に入ると後ろ手に扉を閉めてシュトフを見つめる。視線で促されて側に近寄ればシュトフが煙草を灰皿に押し付けて言った。 「身請けの話を受けたそうだな?」 「はい、シュトフ大佐、どうぞよろしくお願いします」 そう言って軽く頭を下げるハボックの顎を掴むとシュトフは低く嗤う。 「これでやっとお前を私の物に出来るというわけだ」 シュトフはそう言うとハボックの腕を取り続き間の寝室へと入っていった。シュトフはハボックの体をベッドに突き飛ばすと「脱げ」と命じる。言われるまま服を脱ぎ捨てるハボックを横目で見ながらシュトフはなにやら箱を取り出した。箱の中の金属で出来た細い棒状のものを手に取ると言う。 「今日にでもお前を連れて帰りたいところだがさすがにあれだけの大金、すぐには用意できんのでな。とりあえずお前が私のものになったという印をつけてやろう」 シュトフはそう言うと懐からライターを取り出し棒の先をあぶり始めた。段々とオレンジ色に焼けていくそれを、シュトフはギラギラと燃える目で見つめていたが十分に焼けたとみるとライターを置いてハボックを見る。ニタリと嗤うと空色の瞳を見開くハボックに言った。 「後ろを向け」 そう言われてもハボックは暫くの間シュトフをみつめていた。だが最後にはゆっくりと目を伏せるとシュトフに背を向ける小刻みに震えるハボックの姿に、シュトフは舌なめずりをするとその背に触れた。ビクッと震える体に低く笑うと手にした棒を振り上げる。 「いくぞ」 その声にハボックが閉じていた目を見開いたその時、シュトフは振り上げていた棒を勢いよくハボックの背に押し付けた。 「アアア―――ッッ!!」 ハボックの唇から絶叫が迸り、その背から白い煙が上がる。ジュウッという音と共に肉の焼ける嫌な匂いが部屋に広がっていった。暫くしてシュトフが棒を離せばハボックの背の右肩に近い部分にくっきりと浮かび上がる焼印。 「あ…う…」 激痛にシーツを握り締めて震えるハボックをシュトフは満足げに見下ろす。 「これで未来永劫お前は私のものだ」 そう言って嗤うシュトフの声を聞いていたハボックの瞳から涙が一筋零れて落ちた。 |
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