続ハイムダール国物語  第九章


「ハボック殿、さあ、どうぞごゆるりと」
 カウィル王はそう言って玉座とは別に設えられた長椅子へとハボック達を案内する。クッションが敷き詰められたそこへそれぞれに腰を下ろせば、すぐさま侍従が酒のグラスや料理が盛りつけられた皿を運んできた。
「長旅で腹が空いたことでしょう。話は後にしてまずは我がカウィルの料理の数々を召し上がってください」
「ありがとうございます、遠慮なく頂きます」
 ハボックは勧められるまま料理に手を伸ばす。ハイムダールとはまた違った食材や調理法をロイに説明を受けながら楽しんでいると、近づいてくる足音が聞こえた。
「ロイ」
「ヒューズ!リザ!」
 かけられた声に振り向けば髭面に眼鏡の男と鳶色の瞳をした綺麗な女性が立っている。その姿を見た途端、嬉しそうに顔を輝かせてロイが立ち上がり、カウィル王が渋い顔をした。
「ヒューズ、お前今までどこにおったのだ」
 ハイムダールの特使一行を迎えるその場にいなかった事をカウィル王が咎めれば、ヒューズは軽く頭を下げる。
「すみません、父上。ちょっと急な用件があったもので」
 ヒューズは悪びれた様子もなくそう言うとロイに視線を向ける。眼鏡の奥の瞳が笑みを浮かべて、ヒューズはロイの肩に両手を置いて綺麗な顔を間近から見つめた。
「ロイ、痩せたんじゃないか?いいようにこき使われてるんじゃないだろうな?」
「ヒューズ」
 久しぶりの再会の第一声にそんなことを言われて、ロイは苦笑する。
「変わらんな、お前は。安心したよ」
 ロイは言って肩に置かれたヒューズの手を安心させるように握ると、ヒューズの背後に視線をやった。
「リザ」
「お兄さま」
 ヒューズが脇によけ、ロイはリザに一歩近づく。鳶色の瞳を見つめたロイが笑みを深めれば、リザが泣きそうに顔を歪めた。
「ただいま、元気だったかい?」
「お兄さま」
 ロイは言ってリザの体を抱き締める。互いにギュッと抱き合うと、二人は間近から互いに見つめあった。
「暫く見ないうちに益々綺麗になったね、リザ」
「私は何も変わりませんわ。剣の腕が上がったくらい」
 リザはそう言って笑みを浮かべる。
「必要とあらばいつでもお兄さまの為に剣を振るえますわ」
「リザ」
 そう言って笑みを浮かべるリザの言葉に、必要なら今この瞬間にも剣を握る決意を感じ取ってロイは苦笑して妹の背をポンポンと叩いた。そんな久しぶりの再会の一幕がとりあえず過ぎ去るのを寛容にも待っていた事を、カウィル王は一つ咳払いしてロイ達に知らせる。ロイがハッとして恐縮したように頭を下げるのを見て、カウィル王はハボックに向かって言った。
「ハボック殿、息子のヒューズと姪のリザです」
 その言葉を受けてヒューズがハボックに常盤色の瞳を向け、リザが優雅に膝を折る。立ち上がったハボックは二対の瞳が自分を値踏みするように見つめているのを感じながら笑みを浮かべた。
「お会いできるのを楽しみにしてたっス」
「こちらこそ、今日という日を心待ちにしてたよ。ロイから常々手紙を貰っていたからな」
 ハボックが差し出した手をヒューズが握り返す。眼鏡の奥の瞳が浮かべるのが決して友好的な光ではないことを感じながら、ハボックはリザへと視線を移した。
「こうしてお会いするのが不思議に思えるっス」
「本当に。運命が違っていれば今私はハボック様の隣にいたのかもしれませんのに」
 リザは言って笑みを浮かべる。ハボックはリザの手を取りその甲に軽く唇を押しつけると鳶色の瞳を見つめて言った。
「運命が違わなければよかったと思うか、悩むところっスね。こんなに美しい人を妻に迎え損ねたんだから」
「ハボック」
 ハボックの言葉を聞いてロイが眉間に皺を寄せる。素直なまでの嫉妬にハボックは笑ってロイを引き寄せた。
「勿論、ロイに会えたことは運命に感謝するところっスけど」
 ハボックはそう言ってヒューズとリザを交互に見る。文句があるかと言いたげな空色に、ヒューズはニヤリと笑った。
「ロイ、また後でハイムダールでの暮らしの事やら詳しく聞かせてくれ」
 ヒューズはそう言うとハボックと父王を交互に見る。
「申し訳ないがまだやらねばならないことがあるので失礼する。まだ暫くカウィルに滞在するんだろう?後でゆっくり話をしよう」
「ええ、是非」
 そう言うヒューズにハボックが答えれば、ヒューズはリザを促して行ってしまう。それを見送ったカウィル王が渋い顔で唸った。
「申し訳ない、ハボック殿。どうもあれは勝手なところがありましてな」
「いいえ。色々お忙しいところに大勢で押し掛けてきたのですから」
「何を仰る、ハイムダールは大切な同盟国。押し掛けるも何もこうしてお迎え出来るのは、我が国にとって大きな喜びなのですぞ」
 そう言って笑うカウィル王にハボックは感謝の意を表す。
「ささ、まだまだ上手い料理も酒もありますぞ。どうぞどんどん召し上がって下さい」
 勧められるままグラスを口に運びながら、ハボックは二人が消えた扉をじっと見つめていた。


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