続ハイムダール国物語  第十章


「どうだった?初対面の感想は」
 コツコツと廊下に靴音を響かせて歩きながらヒューズが尋ねる。ヒューズに一歩遅れて従いながらリザが答えた。
「あれだけではまだ何とも言えませんけれども、少なくとも顔を見た途端ひっぱたきたくなるような愚鈍さは感じられませんでしたわ」
「相変わらず怖いねぇ」
 リザの言葉にヒューズがククッと喉奥で笑う。
「まあ、確かにその通りだな。おかげでこいつを使わずに済んだ」
 そう言うヒューズの手にいつのまにかダガーが握られているのを見たリザが言った。
「使ってたらきっとあの赤毛の男が黙っていませんでしたわ、きっと」
 その言葉にヒューズが目を瞠る。リザは記憶を辿るように目を細めた。
「きっとあの男が兄さまが手紙に書いていた“ティワズ”だと思います。ハボック王子の教育係で王子が誰よりも信頼を置く男」
 リザはハボックのすぐ側に控えていた赤毛の男を思い出して呟く。静かにただ側にいるだけのように見えて、あらゆる方向へと意識を向けていた。もしヒューズがハボックに刃を向けようとすれば、その切っ先がハボックに届くより早くティワズがヒューズに飛びかかっていただろう。
「いいえ、自分で飛びかかるより、ヒューズさまと王子の間に兄さまを突き飛ばしたかも」
「おい」
 ヒューズを止めるよりもその方が手っとり早い。
「もし私だったらそうします。ハイムダールにとって兄さまは大切な存在かもしれませんが、あのティワズと言う男にとって何よりも大切なのはあの王子でしょうから」
 そんな事を言うリザを、ヒューズは足を止めて見つめる。怯むことなく見つめ返してくる鳶色を見つめ返したヒューズは、やれやれとため息をついた。
「リザみたいのがもう一人いるってことか?たまらねぇな」
 そう言って苦笑するヒューズにリザが笑みを浮かべる。
「ともあれ、色々見極めさせて貰おう。ハボック王子がロイに相応しいか、そして……」
「ハイムダールとの同盟がカウィルのためになるか」
 一瞬口にすべきか躊躇った言葉尻を拾われて、そう続けられたヒューズが常盤色の目を瞠る。それからにやりと笑った。
「ああ、その通りだ」
 ヒューズの言葉にリザが笑みを浮かべる。頷きあって二人は賑やかな騒めきに背を向けて廊下を歩いていった。


 勧められるままにカウィル色豊かな食事を口にしながらカウィル王と言葉を交わすハボックを、ティワズは静かに見つめる。それからたった今し方二人の王族が出ていった扉を見つめた。
(あれがヒューズ様とリザ様か)
 予めロイから話は聞いていたものの、やはり実際に会うのとでは印象が違う。
(特にあのリザ様)
 ロイを愛しげに見つめる優しい眼差しとは真逆のハボックや自分を見つめる視線の鋭さは、彼女がただの王族の女性とは違うことを告げていた。ドレスに包まれた体は女性としての美しさを保ちながら戦士としての強靱さも持ち合わせていた。何か事が起きれば彼女は率先して兵を率い、カウィルの為に戦うのだろう。
(いや、ロイ様のため、か)
 彼女が戦うのはカウィルの為かもしれないが、その根底にあるのはロイへの想いだ。ハイムダールに嫁ぎ自分ではカウィルの為に直接何も出来ないロイに代わって、リザはカウィルを護るのに違いない。ロイの大切なカウィルの為ならリザはどんな手段も厭わないだろう。
(その点では私と同類かもしれない)
 大切な王子のためにならどんな事でも出来るし、どんな誹謗中傷を受けても構わないと思う己とリザの間には違いなどないに等しいと思える。
(そしてヒューズ様)
 今、ハボックとにこやかに言葉を交わすカウィル王は確かに優れた君主だ。大国がひしめき合い、互いに互いを食らおうと睨み合うこの時代に、小国のカウィルがこうして他国の侵略をはね退け独立国としての立場を保ち続けていられるのは現在のカウィル王の力に寄るところが大きい。
(カウィルの王がヒューズ様に代わったら、カウィルはもっと大きな国になるかもしれない)
ほんの少し会い(まみ)えただけだが、そんな風に感じさせる何かがヒューズにはある。
(いずれ若が王になられた時、カウィルを治めているのはあのヒューズ様だ。そう考えればなかなかに大変だぞ)
 下手をすれば今はカウィルよりずっと大きなハイムダールが、カウィルに飲み込まれてしまうと言うことがあり得るかもしれない。
(いよいよ若にも王としての自覚を持って頂かねば)
 これまでもハボックにはいずれ王となる者として身体的にも肉体的にもみっちり教育してきたつもりだが、これからはもっともっと厳しく教え込まなければならないだろう。どこかまだ甘えた気持ちがあるハボックだが、これから先はそんなことなど言っていられない。
(ハイムダールに戻ったら今まで以上に取り組んで頂こう)
 楽しげに話すハボックを見つめながら、ティワズはそう心に決めたのだった。


「うわ、これ、めちゃくちゃ旨いッ」
 ハボックは肉の中に様々な野菜や香草を詰めて柔らかく煮込んだ物を口にして目を丸くする。そんなハボックを見て、カウィル王が楽しげに笑った。
「これは昔から祝いの席に出されるカウィルの伝統料理なのですよ」
「へぇ、そうなんスか。何が入ってるんだろう……レシピとか教えてくれないかなぁ。そしたらシグナに作って貰うのに」
「ハイムダールにはない材料もあるから無理じゃないか?」
 フォークで肉に詰められた物をつついているハボックを見てロイが言う。
「いや、シグナならきっと上手いこと代用して作ってくれると思う。ロイ、料理番、紹介してくれます?」
「ははは、そこまで気に入って頂けたのなら料理番も大喜びするでしょうな」
 レシピを教えて貰うのだとまで言うハボックに、カウィル王が笑って言った。


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