続ハイムダール国物語  第七章


「そろそろカウィル領です」
 ゆっくりと馬を走らせていたティワズが言うのに答えるように、銀色の煌めきが見える。馬を進めればその煌めきが国境線を護るために立ち並んだ兵たちが持つ槍だと知れた。ハボックたちが近づいていけば、兵たちの列が割れて馬に乗った大きな男が姿を現す。隆々とした見事な筋肉を窮屈そうに正装の中へ納めた男は、一歩前へ出るとハボックたちを見つめた。
「ようこそお越し下さいました。我が輩はアームストロング候。ハボック王子と皆様方をお迎えにあがりました」
 そう言って馬上でアームストロングが軽く頭を下げれば、ロイが嬉しそうな声を上げた。
「アームストロング候、久しいな、元気だったか?」
「これはロイ様!おお、変わらぬお姿っ!お元気そうでなによりっ!」
 ロイの姿を見た途端、アームストロングはボロボロと感激の涙を流す。その様子にハボックもティワズも驚いて目を丸くするのに、ロイは苦笑して言った。
「候は感激屋なんだ」
「そうみたいっスね」
 言われなくてもこの様子を見れば嫌でもそうと判る。ハボックたちが半ば呆れたように見つめてくるのも気にせず、アームストロングは言った。
「ハボック様がロイ様を本当に大切にして下さったのですな!我が輩、感激の涙が止まりません……ッ」
 感涙にむせびながら大きな拳を握り締める大男の姿にハボックは辟易する。ティワズですらげんなりしている様子なのを見て、ロイはクスクスと笑って言った。
「アームストロング候、悪いがそれくらいにして私達を城へ連れていってくれるか?」
「おお、これは申し訳ない」
 ロイの言葉にアームストロングは慌てて大きな手の甲で涙を拭う。涙のついた手を大きく振れば兵たちが脇へと退きハボック達の為に道を開けた。
「さあ、みなさま、カウィルへようこそ」
 改めてアームストロングが言うのに頷いて、ロイはハボック達と共に久しく離れていた故郷の地を踏んだ。


「緑の豊かなところっスね」
 アームストロングの先導で城へと馬を走らせながらハボックが言う。
「ゆっくり見て回る時間あるんだろう?ティ」
「ゆっくりとは言えませんが多少は」
「えーっ」
 ティワズの答えにハボックが不満の声を上げれば紅い瞳が王子を睨んだ。
「観光旅行に来た訳じゃありません。出立の際にも王から言われましたでしょう?」
「判ってるけど……。折角ロイの故郷に来たんだ。あちこち見て回りたいだろ?ロイが好きな場所とか」
 そう言った空色の瞳がロイを見る。愛情のこもったその視線にロイが白い頬を染めるのを見て、ティワズはあからさまにため息をついた。
「お願いですからカウィル王やヒューズ様の前ではしゃんとして下さいね、お二人とも」
「なっ、なんだよっ、別に変なこと言ってないじゃん!」
「私だって何も言っていないぞっ」
「自覚がないから困るんです」
 ムキになる二人にこの先のことを考えて痛む頭を抱えるティワズだった。


 幾つもの町や村を通り抜け、川を渡り草原を越えて一行はカウィルを進んでいく。太陽が地平線の向こうに沈む頃になって漸く、豊かな緑に包まれるようにして聳え立つ城が見えた。
「…………」
 ロイはゆっくりと馬をとめると城を見上げる。懐かしいその姿に鼻の奥がツンと熱くなった。
「ロイ」
 呼ぶ声にロイは城から視線を外して隣に並ぶハボックを見る。空色の瞳がじっと自分を見つめているのを見て、ロイは笑みを浮かべた。
「大丈夫だ、行こう、ハボック。みんな待ってる」
「はい」
そう言って笑うロイに頷き返して、ハボックはロイが生まれた城へと馬を進めた。


「来たな」
 城の窓から外を見ていたヒューズは、城へと近づいてくる馬や馬車の列を見て呟く。長いこと会っていなかった従兄弟と、その従兄弟を正妻に迎えた王子と漸く(まみ)えるのかと思うとゾクゾクと武者震いのような震えに襲われた。その震えを押さえるようにヒューズは深く長いため息をつく。扉を叩く音に答えれば従者の少年が顔を出した。
「ヒューズ様、ロイ様がそろそろお着きになりますっ」
 興奮に顔を輝かせた少年の様子にヒューズは苦笑する。窓から離れ扉に近づくと、少年の頭をポンポンと叩いた。
「着くのはハイムダールの特使一行だろう?」
 その中にロイもいるのは確かだが、カウィルが迎えるのはハイムダールの王子だ。
「本当にロイが言うような奴なのか、この目で確かめてやる」
 そう呟きながら部屋から出たヒューズは、廊下の片隅にリザが立っていることに気づく。ヒューズの視線を感じて膝を折って優雅に一礼するリザに、ヒューズはニッと笑って近づいた。
「いよいよだな」
「はい、ヒューズ様」
「ロイに相応しいか、カウィルの為になるか、この目でしっかり見定めてやろう」
「相応しくないと判れば容赦はしません」
 今はドレスに身を包んでいるが、リザは国王一家を護る近衛の長であり男に引けを取らないだけの戦闘能力があった。
「あまり早まったことはしてくれるなよ。相手は同盟国の王子なんだから」
「そう言うヒューズ様こそ懐に隠しているものを使う事に躊躇はないのではありませんか?」
「ん?ああ、これか?」
 ヒューズはそう言って懐に手を入れる。出した時には掌に包むようにダガーを手にして、ヒューズはニッと笑った。
「まあ、とりあえずは様子を見よう」
 ヒューズはそう言うとロイ達を迎えるために階下へと降りていった。


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