続ハイムダール国物語  第六章


「ハボック、くれぐれもカウィルで恥ずかしい真似を晒すようなことがないようにするのだぞ。お前はハイムダールの第一王位継承者でこのハイムダールの────」
「父上、オレだってもう子供じゃないんスから、自分の立場はよく判ってます」
 出立を前にくどくどと説教を垂れようとする父王の言葉を遮ってハボックは言う。そうすればハイムダール王は眉を顰め、それからハボックの背後に控えるティワズを見た。
「ティワズ」
「はい、陛下」
 呼ばれてティワズは一歩進み出て頭を垂れる。ハイムダール王は幼いころからハボックの側にいる最も信頼の置ける忠臣の一人であるティワズを見つめて言った。
「ティワズ、これがみっともない真似を晒さぬよう、くれぐれも頼むぞ」
「父上!」
「おまかせください、陛下」
 抗議の声を上げるハボックに構わず答えるティワズに、ハイムダール王はとりあえず安心したように頷く。思い切り不満の表情を浮かべるハボックをそのままに、王はロイを見た。
「久しぶりの帰郷、ゆっくりとしてこれらよ」
「ありがとうございます、陛下。この度の帰郷がハイムダールとカウィルの為となるよう、有意義に過ごして参ります」
「うむ。これを叔父上に」
 王は言って親書をロイに手渡す。恭しくそれを受け取って、ロイは大切に懐へ納めた。
「道中、気をつけて行って参れ」
 そう言う王に頷いて、ハボックたちは馬に跨る。
「では行って参ります、父上。ブレダ、オレたちが留守の間、よろしくな」
「おう、気をつけてな。あんまりデレデレすんなよ」
「一言多いんだよッ」
 手を振りながら釘を指す従兄弟にハボックは馬上からイーッと歯を剥く。途端にティワズから諫められて、ハボックはムゥと口を引き結んだ。それでも。
「出発」
 ハボックのよく通る声が出立を告げれば、見送りの兵や城の者たちが歓声を上げる。口々に無事を祈る言葉を投げる臣下たちに頷いて、ハボックは馬の腹を蹴った。
「行くぞ、グルトップ」
 愛馬に声をかけてハボックがゆっくりと走り出せば、護衛の兵達の馬や同行する従者や土産、身の回りの品を乗せた馬車が一斉につき従う。ハイムダールの特使一行はカウィルに向けてゆっくりと動き出した。


 カポカポとゆっくりと馬を走らせながらロイは辺りの景色を見回す。そうすれば初めてハイムダールを訪れた時の事が思い浮かんで、ロイはハボックのすぐ後ろに従うティワズをチラリと見た。
「なんですか?」
 ロイの視線を感じてティワズが紅い瞳をロイに向ける。初めて会った時と変わらないその瞳に、ロイは笑みを浮かべて言った。
「初めてハイムダールに来た時の事を思い出していた」
 そう言うロイにティワズは軽く眉を跳ね上げる。
「カウィルでは見たことのない花や鳥を見て、あれは何だと聞きたかったけれど、聞けなかったなと思って」
「聞いてくださればお教えしましたのに」
「そんな雰囲気じゃなかったよ」
 苦笑して答えるロイに、ティワズは眉を寄せた。正面に視線を戻したティワズの眉間に皺が寄ったままなのを見れば、どうやらその当時のことを思い出そうとしているのだと知れる。「そんな事は」とブツブツと呟くティワズに、ロイはクスリと笑った。
「あの時はお互い自分のことで手一杯だった。私はろくに知りもしない男の元へ嫁いで行くことの不安と、絶対負けられないという意地でガチガチだったし、お前は大事な王子のところへ子も産めない正妻を迎える事への不満で一杯だったろう?」
「ロイ様」
「いいんだ、それは仕方のない事だし、それに今は」
 言って笑みを浮かべるロイにティワズは苦笑する。そんな二人のやりとりを心配そうに聞いていたハボックが、ロイとティワズの顔を見比べて言った。
「それに今は、なんスか?」
「なんだ、判らないのか?」
「判らないんですか?若」
 仕方ないですねとため息をつかれてハボックは慌てる。
「えっ?なに?判らないの、オレだけっ?」
 教えてと喚くハボックに、ロイとティワズは顔を見合わせてクスリと笑った。
「少しスピードを上げましょう。夕方までには城につかねばなりません」
「そうだな。後ろもついてこられるだろう」
 頷きあって馬のスピードを上げる二人にハボックは慌てて追い縋る。
「ねぇ、ちょっと!教えろよ、二人ともっ」
 必死に言い募るハボックに、ロイとティワズは笑い声を上げてカウィルに向かって馬を走らせた。


「リザ」
「ヒューズ様」
 窓辺で外を見下ろしていたリザは、背後からかかった声に振り向いて軽く膝を屈める。それに手を振って直らせると、ヒューズはリザの隣に並んで窓から外を見た。
「予定通り出立したそうだ。夕方には着くだろう」
「そうですか」
 ヒューズの言葉にリザは頷いて窓の外へ視線をやる。整った横顔に浮かぶ緊張の色に、ヒューズは笑みを浮かべて言った。
「心配か?ロイは幸せに暮らしていると何度も手紙を送ってきただろう?」
「ええ、でも」
 幾らそう伝えられてもそれは手紙の上での事だ。心配をかけまいと嘘を書いていないとは言い切れず、不安そうに整った眉根を寄せる従姉妹にヒューズは苦笑した。
「ロイは(しん)の強い奴だ」
「だからこそ無理をします」
「リザ」
「この目で見るまで私は信じません」
 ロイが幸せであることを祈らない日はなかった。幸せだと繰り返し綴られる手紙を信じたいと思いながら、どうしても不安を拭いきれなかった。そう言って窓の外を見つめるリザに、ヒューズも一つ息を吐いて言った。
「そうだな、でも、やっとこの目で確かめられるんだ。ハボック王子とやらをしっかり見定めてやろう」
「はい」
 ヒューズの言葉に頷いて、リザは大切な兄が到着するのを今か今かと待ちかまえていた。


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