| 続ハイムダール国物語 第五章 |
| 「ちょっと締めますよ、ロイ様」 フュリーの声にロイは立つ脚に力を込める。そうすればフュリーが紅いサッシュをキュッと締めた。 「はい、出来ました」 その声にロイは鏡に映る己の姿を確かめる。豪華な刺繍が施された白を基調とした服にサッシュを巻きマントを羽織った姿に、ロイは満足げに頷いた。 「ロイ様、これを」 「ありがとう、フュリー」 ロイは差し出された短剣を受け取るとじっと見つめる。ハボックから貰ったそれの鞘をそっと撫でると、ロイは大事そうに短剣を腰にさした。 「とてもお似合いです」 「ありがとう」 羨望の眼差しでそう言うフュリーに、ロイはほんの少し頬を染めて答える。フュリーはロイが着ていた服をクローゼットにしまいながら言った。 「いよいよ出発ですね。僕もう胸がドキドキしっぱなしで」 夕べはなかなか眠れなかったと言うフュリーにロイは笑みを浮かべる。正直ロイ自身、久しぶりに故郷を訪れる事に興奮して、昨夜はなかなか寝付けなかった。 「私もだよ、フュリー」 「久しぶりにご家族やご友人とお会いになるんですものね。きっとみなさんも心待ちにしておられますよ」 そう言われてロイはカウィルに残してきた人々を思い浮かべる。リザやエリシアとは手紙のやりとりはあるものの実際に会うのはカウィルを出て以来だ。ハボックのことは折に触れ知らせてきたし、自分がハイムダールで大切にされ必要とされていることも話している。そして何より自分がハボックと愛し愛され幸せに暮らしている事は一番に伝えてきた。だが、実際幸せな自分の姿を見て貰うのは初めてで、ロイは嬉しいのと恥ずかしいのと半々でちょっぴり複雑な気分だった。 「ハボックの事を見てなんて言うかな」 ハボックと二人の姿絵は送っている。ハイムダール一の絵師と言われる画家に描いて貰った、生き写しと言えるくらいよく描かれたものだ。だが、ハボックのあの瞳の輝きだけは写しきれておらず、ロイはほんの少し残念に思いながら絵を送ったのだった。 「そりゃあ絶対カッコいいって思いますよ!」 幼いころからハボックの崇拝者だったというフュリーが言う。 「ハボック様を見てカッコいいと思わない人はいませんから」 力を込めてそう言うフュリーにクスリと笑うロイにフュリーが言った。 「でも、ロイ様だってハボック様のこと、カッコいいとお思いになられるでしょう?」 「……まあね」 流石に素直に認めるのは恥ずかしくて、ロイは曖昧に答える。だが、顔には出ていたようでフュリーは「うんうん」と頷いた。 「でも、一つだけ心配なのはロイ様といるとデレちゃうんですよね、ハボック様」 「う……確かに」 ハボックがロイにベタ惚れなのは国中周知の事実だ。愛されているのは嬉しいことだが、恐らくヒューズを始めとしてリザもエリシアもハボックを品定めしようと待ち構えていることだろう。そんなところでロイにベタベタする姿を見せれば辛口な皆の事、後々色々と言われるに違いない。 「ハボックに釘を刺しておくかな」 「その方がいいですよ、きっと」 そんな風に頷かれれば余計心配になってくる。ロイはハボックの部屋に続く中の扉を開けると、ハボックを呼んだ。 「ハボック」 開けた扉から中を覗き込むように見れば、もう出立の用意を済ませたハボックが振り向く。今まで話をしていたのだろう、ハボックの向こう側に立ったティワズがロイに向かって軽く頭を下げた。 「ロイ、もう準備済んだんスか?」 「ああ。もういつでも出発出来る」 ハボックの言葉に頷いてロイは中へと足を進める。そうすればハボックがロイの手を取って引き寄せた。 「いよいよっスね。楽しみですか?」 「まあな」 聞かれてロイはほんの少し恥ずかしそうに答える。何と言って話を切り出そうかと考えていると、ハボックが髪をかき上げて言った。 「オレはちょっと緊張してるっス。オレの立ち居振る舞いの中にハイムダールが見られるのかと思うと……」 「ハボック」 「オレのせいでハイムダールを低く見られるのは嫌っスから。オレ自身、ロイに相応しくないと思われたら堪んないっスしね」 気を引き締めていかないと、と拳を握り締めるハボックの向こう、ロイはティワズが薄く笑みを浮かべていることに気づく。 (そうか、そういうことか) 幼い頃からハボックの教育係として側にいて、ハボックが誰より信頼し唯一その言葉を疑うことなく信じる相手がティワズだ。ハボックの事を誰よりも知っていて、ハボックを、ハイムダールを一番に考える男がハボックにその振る舞いがどうとられるか、伝えていないはずないのだ。なによりティワズが言えばロイが言うよりよっぽど効き目があるはずだった。 「そうだな、ヒューズはかなり辛口だから相当覚悟していかないと、私をカウィルから出さなくなるかもな」 「えっ?マジでそう言う人なんスかっ?」 「まあ、しっかりやってくれ。私に恥を掻かすなよ」 「あっ、ちょっと、ロイ!そのヒューズって人のこと、もう少しちゃんと教えておいてくださいよ!」 脅しにも似た言葉に慌てるハボックが引き留めるのにも耳を貸さず、ロイは自分の部屋に戻ってしまう。部屋を出ていく瞬間チラリとこちらを見た瞳に浮かぶ嫉妬の色に気づいて、ティワズは苦笑した。 (まったく……ああ言うところは相変わらず子供っぽい方だ) 普段は年相応にハボックよりずっと大人であるロイだが、こんな時はやけに子供っぽい。 (まあ、かえってこの方が上手くいくかもしれないな) ハボックとロイが互いにノロケているようではフォローに困る。ティワズは「どうしよう」と狼狽えているハボックに視線を移すと言った。 「しっかりなさい、若。今更聞いたところで大して役に立ちませんよ。それよりもう出発です。若、大丈夫ですね?」 手を伸ばしてティワズはハボックの頬を軽く叩く。そうすればハボックが空色の瞳を見開き、それからニッと笑った。 「ああ、大丈夫だよ、ティ」 「では、参りましょう、若」 ティワズはハボックの様子に満足げに頷くと、部屋の外へと王子を促した。 |
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