続ハイムダール国物語  第四章


「パパぁ!ロイが帰ってくるって本当っ?」
 バンッと扉が開いたと思うと飛び込んできた娘の姿に、大臣と話をしていたヒューズは常盤色の目を見開く。手を振って大臣を下がらせると、エリシアを見て言った。
「“パパ”じゃなくて“父上”だろう?エリシア」
 窘めるように言うヒューズに構わずエリシアは駆け寄るとヒューズの袖を掴む。グイと引くようにして父親を見上げてエリシアは言った。
「そんなの今はどうでもいいわ。それよりロイは?本当にロイ、帰ってくるの?」
「エリシア」
 キッと目を吊り上げて言う娘にヒューズはやれやれとため息をつく。その体を抱き上げて視線を合わせるとヒューズは言った。
「ああ、本当だ。ハイムダールの王子と一緒に里帰りしてくる」
 ニッと笑ってそう言えば、エリシアがパアッと顔を輝かせる。小さな手を胸元で握り締めてエリシアは言った。
「じゃあ、久しぶりにロイと会えるのね!手紙じゃなくて直接お話出来るのね!」
「そうだよ、エリシア」
「うれしいっ」
 頷くヒューズにエリシアがキャアと笑う。その様子を見ていれば自然ヒューズも嬉しさが込み上げて笑みを浮かべた。
「ハイムダールの王子様も一緒に来るの?」
 その時、エリシアがふと真顔になって言う。そうだと頷けば、エリシアはむーんと腕を組んで眉を寄せた。
「ハボック王子ってどんな人かしら」
「さあな。俺も人の噂とロイの話でしか知らん」
 同盟国ではあるものの、実際そうそう人の行き来があるわけではない。同盟を結ぶ上でハボックの人柄に重きは置かれなかったから、正直細かな性格など知りようがなかった。
「いいわ。私がロイに本当に相応しいか、見てあげる」
「そうだな。これを機にハボック王子とやらがどんな男か見極めてやろう」
 そうしてもしもハボックという人物に納得がいかなかったらどうするつもりなのか。そんなことは棚の上に放り投げて、大事なロイの伴侶となった男を徹底的に調べ上げてやると息巻く親子だった。


「あー、あともう少しでカウィルかぁ。ロイが生まれたところってどんな所だろうな、ティ?オレ、すっげぇ楽しみ、で……っ、ハ……ハアックションッ!!」
 楽しそうに話しながら荷物を詰め込んでいた手を不意に止めたと思うと大きなくしゃみをするハボックに、ティワズは眉を顰める。
「風邪ですか?」
 そう言って子供の時のように額に手を当てられて、ハボックはふるふると首を振った。
「や、なんか急に悪寒がした」
「風邪の前触れじゃないでしょうね」
 今このタイミングで、と紅い瞳で睨まれてハボックは慌てて言う。
「いや、そう言うんじゃないから。んーと、誰かに噂されてる……?」
「なるほど。カウィルで何か言われている可能性はありますね」
 半分以上、単なる誤魔化しで言った言葉に真面目に返されて、ハボックは目を剥いた。
「なっ、何か言われてるって……なにを?」
 ほんの少し不安げに上目がちに見つめてくる空色にティワズはニヤリと笑う。
「そりゃあ、結婚した王子がロイ様に似つかわしいかどうか、とか」
「えっ?オレ、品評されちゃうの?」
 そう言って見開く空色にティワズはため息をついた。
「だからこの間からそう言っているでしょう?浮かれてばかりいて、ご自分がハイムダールを代表する特使だと言うことをお忘れにならないで下さいね」
「う……」
 ピシリとそう言われてハボックは肩を竦める。じっとティワズを見つめて、ハボックは言った。
「なあ、カウィルの国王ってどんな人?ロイの叔父上なんだろう?」
「大国が列挙するこの世の中、小国のカウィルを守り抜き列強の侵略を撥ね除けている。それだけでかなりの英君と言えるのではないでしょうか」
「ふぅん」
 正直なところを言ってハボックは“国を守る”ということを意識したことはない。確かに国境線で小さな戦闘が起こることはあったが、大抵はほんのちょっとした小競り合い程度だ。ハイムダールは強大な軍事力を誇る大国であり、わざわざ攻め込んでくる国はなかった。
「ロイ様は幼い頃から叔父であるカウィル王の施政を間近で見ていらした。ハイムダールでのロイ様を見ればロイ様が現カウィル王の才覚を受け継いでいることは明らかです。あまりみっともない姿を晒すようだとロイ様の伴侶として、同盟国の次代の君主として認められないということにもなりましょう。そうすればカウィルがロイ様をこのままカウィルに引き留め、同盟を破棄することもないとは言えません」
「ええッ?!冗談だろっ、ティッ!」
 ティワズの言葉にハボックが目を剥いて飛び上がる。
「そんなの絶対に嫌だからなッ!それにロイだってそんなこと、賛成するわけ────」
「若」
 ギョッとして喚くハボックの言葉をティワズの声が遮る。口を噤んで見つめてくる空色を紅い瞳で見返して、ティワズは言った。
「そもそもロイ様がハイムダールに嫁いでこられたのは同盟のためです。そこにあなた方の“想い”は存在しない。若がロイ様を愛しロイ様が若を愛したのは偶然です。それは幸せな偶然でしたがカウィルとハイムダールの同盟の前ではなんの意味も持たないものです。カウィルが、若しくはハイムダールが互いに相手国との同盟を意味があると考えなければ、あなた方がどう思っていようと簡単に引き離されてしまうものだと言うことを肝に銘じておくべきです」
「ティ」
「いい加減浮かれるのはおやめなさい、若。カウィルに行ってよくあの国を見てくるのです。ハイムダールにとって第一王位継承者の婚姻をもってしてまで同盟を結ぶに値する国かどうか。そして向こうも同じことを考えながらあなたを見ているということを決して忘れないように」
 そう言って真っ直ぐに見つめてくる紅い瞳にハボックはキュッと唇を噛み締めた。


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