| 続ハイムダール国物語 第五十六章 |
| 「ロイッ!」 「ヒューズ」 城門をくぐった途端飛び出してきた男にロイが笑みを浮かべて答える。一緒にグルトップに乗っていたハボックが先に鞍から降りてロイに手を差し出した。 「ありがとう」 礼を言ってその手を借りて馬の背から降りたロイを駆け寄ってきたヒューズがガッシリと抱き締めた。 「よく無事で……ッ!怪我はないかッ?」 喜びと安堵に顔を歪めたヒューズは、ロイの体をあちこち触って怪我がないかを確かめる。そんなヒューズにロイはクスリと笑って言った。 「大丈夫。……まあ、ちょっとは大変だったけど。でも、絶対ハボックが来てくれると信じてたから」 「ロイ……」 疲れた様子のロイの瞳に宿るハボックへの信頼と愛情を見て取ってヒューズは目を瞠る。グルトップを兵士に預けたハボックが二人に近づいてきて言った。 「ヒューズ殿、犯人のローゲですが、生きて捕まえる事が出来なかったっス。申し訳ない」 言って頭を下げるハボックにヒューズは首を振る。 「いや、ロイを無事に救い出してくれただけで十分だ。むしろあんな危険な考えを持っていた奴に気づかずにロイを危ない目に遭わせてしまった。謝らねばならないのはこっちの方だ」 そう言うヒューズにハボックが笑みを浮かべた。 「民の不満に耳を傾けるのは大事な事っスけど、あんな逆恨み野郎の勝手な思い込みなんて幾ら何でも判りゃしないっスよ。自分が選ばれなかった事を他人のせいにした挙げ句、よりによってロイをあんな目に遭わせるなんて……、ああ、くそッ、やっぱ八つ裂きにしてやればよかった」 「おい、ハボック。そのセリフは為政者としてどうかと思うぞ」 「でもロイ。下手すりゃアンタ、あの臭い薬でドロドロにされて殺されてたんスよ?そう考えたら腸煮えくり返って……ッ」 「ハボック」 怒りに空色の瞳を燃え上がらせるハボックをロイが宥めるようにその腕を撫でながら名を呼ぶ。そんな二人の様子を見ていたヒューズが「ククッ」と吹き出したと思うとゲラゲラと笑いだした。 「ヒューズ?」 「えっ?なんスか、一体?」 唐突に笑いだしたヒューズをハボックとロイが気味悪そうに見る。そうすれば笑いすぎて涙の滲む目元を拭いながらヒューズが言った。 「八つ裂きに、か。もしローゲが生きて俺の前に引き出されたとしたら、きっと俺もそうしてただろうな」 「ヒューズ、お前まで」 「そうされて仕方のない事をローゲはやらかしたんだよ。な?そうだろう?ハボック殿」 「ええ。ロイはオレにとっては勿論、ハイムダールにとってもなくてはならない存在。そんなロイに危害を加えようとしたんだ。八つ裂きだって足りないくらいっス」 「ハボック」 垂れた目を吊り上げて言い放つハボックの腕をロイがそっとさする。ハボックはロイを見下ろして笑みを浮かべるとその細い体を引き寄せ黒髪に口づけを落とした。 「ロイ……」 人目もはばからず愛しげにロイを抱き締めるハボックの様にヒューズは目を細める。ニッと口元に笑みを浮かべて言った。 「とにかく疲れたろう。湯浴みの準備をさせてあるから湯を使って休んだ方がいい」 「そうだな、流石にちょっと限界だ。そうさせて貰うよ」 ヒューズの言葉にロイは礼を言って頷く。ロイを支えるようにして歩き出すハボックの背にヒューズは言った。 「ハボック殿、貴殿とはハイムダールに帰る前に一度、ゆっくり話がしたいものだ」 「ええ、是非。ヒューズ殿」 肩越し振り向いてそう答えるとハボックはロイを連れて城の中に消える。 「アイツとは意外と馬が合いそうだ」 その背を見送って、ヒューズはそう呟いたのだった。 「ロイ様っ、本当に本当に本当にご無事でよかったですッ!」 湯浴みをすませたロイの背に薄衣を羽織らせながらフュリーがもう何度目になるか判らない言葉を口にする。心の底から無事の帰還を喜ぶフュリーに、ロイは笑みを浮かべて答えた。 「ありがとう、フュリー。心配かけてすまなかったね」 「そんな……っ、僕、こうしてまたロイ様のお世話が出来て本当に嬉しいんです。カウィルの神様に感謝してるんです!」 そう言って泣きそうな顔で笑うフュリーの手をロイは優しく撫でる。ロイの身支度を済ませ、ゆっくり休めるよう寝具を整えてフュリーが出ていくと、ロイはそっと息を吐き出した。 「ロイ」 フュリーがロイの世話を焼く間部屋の片隅で黙ったまま立っていたハボックがゆっくりと近づいてくる。その腕の中にロイを閉じこめて、白い顔をじっと見下ろした。 「ハボック」 見つめてくる空色をロイは見つめ返す。愛しい空色に手を伸ばしてそっと撫でればハボックが言った。 「もうずっと生きた心地がしなかったっス。アンタに何かったらって、そう考えたらもう────ッ」 「心配かけてごめん」 ロイはそう言ってハボックの目元を撫でる。ハボックはその手をギュッと握ると指先にキスを落とした。 「ロイ」 低く呼んでキスした指を口に含む。じっと見つめてくる空色を見つめ返したロイは、ちろりと舌先で舐められた指にいきなり歯を立てられて、その甘い痛みにビクリと震えて目を閉じた。 |
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