| 続ハイムダール国物語 第五十五章 |
| 屋敷に飛び込んだロイは迷わずハボック達がいる場所を目指す。大声で大切な相手の名を呼びながら飛び込んできたロイに、ボールを高く掲げたローゲはハッとしてロイを見た。 「ロイ王子っ?────うわッ!」 ローゲの視線が逸れたその一瞬を逃さず、ハボックがローゲに飛びかかる。腰を掴まれて倒れそうになりながらもローゲはボールを奪おうと手を伸ばしてくるハボックを何とか振り払おうとした。 「こ、の……ッ!」 無言のまま迫ってくる空色からローゲは必死に逃れようとする。大柄なハボックに体重をかけて押されたローゲの足が、もつれるように数歩背後に動いたと思うとふらりと傾いだ。 「あっ!!」 「えっ?!」 その拍子にローゲの手からボールがポロリと零れて、ローゲとハボックの口から悲鳴のような声がほぼ同時に上がった。 「やば……ッ!」 咄嗟にハボックがローゲを突き飛ばしてボールに手を伸ばそうとする。だが、突き飛ばそうとしたハボックの手をローゲは掴んで思い切り引いた。 「ッッ!!」 伸ばした手の向こう、ボールがまるでスローモーションのように落ちていく。目を見開いてボールの動きを追ったハボックの視線の先、ティワズが両手を突き出して飛び込んできた。 「────ティッッ!!」 ボールが床に落ちる寸前、ティワズの手が受け止める。受け止めたその衝撃でボールが破裂するかとハボックは息を飲んだが、カウィルの神は彼の王子が選んだ相手を見捨てはしなかった。 「若!」 ホッと詰めた息を吐き出すハボックにティワズの鋭い声が飛ぶ。その声にハッとしたハボックが背後のローゲを振り向くのと、ローゲがロイに飛びかかるのがほぼ同時だった。 「ロイ王子ィッッ!!」 「ッッ!!」 捨てさせたはずの毒を塗った剣をロイに向かって振りかざすローゲにハボックが腰の剣を抜く。だが、剣を手にしたハボックがローゲを切り捨てるより早くローゲの剣がロイの頭上に振り下ろされた。 「────あ」 自分に向かって振り下ろされる剣がロイの黒曜石の瞳に映る。大きく目を見開いたロイが無意識に探った指先に腰の短剣が当たった。 「────」 ロイは咄嗟に短剣を掴んで頭上に振りかざす。振り下ろしたローゲの剣が短剣に触れた瞬間、目映い光と共に剣が弾き返された。 「なん……ッ?!」 もの凄い勢いで跳ね返された剣がローゲの手を離れて宙に飛ぶ。高く上がった剣が落ちてくるそこめがけて、ハボックが手にした剣を薙いだ。 カキーンと高い音を立ててハボックの剣がローゲの剣を弾く。弾かれた剣はその軌道を変えて、持ち主へと刃を向けた。 「ガッ!!」 ドスッと鈍い音を立てて毒塗れの剣がローゲの背に突き刺さる。大きく目を剥いたローゲがわなわなと震えたと思うと喉を掻き毟った。 「ぐ……ぐがあああッッ!!」 醜い顔を苦痛に歪めて、床に倒れたローゲがのたうち回る。唇から血を吐き出したローゲは、すぐ側に立ち尽くすロイに向かって手を伸ばした。 「ロ、イ……王、じィ……ッ」 「ヒ……」 這い蹲ったローゲの手がロイの手首を掴もうとする。だが、その時二人の間に飛び込んできたハボックがその手を切り落とした。 「ガアアアッッ!!」 切り落とされた手首でローゲは喉を掻き毟って悶える。ビクビクと大きく震えたローゲは、最後に大きく吸い込んだ息を吐き出さないまま動かなくなった。 「ロイッ!」 ローゲが動かなくなったのを見届けるや否や、ハボックは背後に庇ったロイを振り向く。大きく見開いた黒曜石を目にした瞬間、ハボックはロイの体を掻き抱き、噛みつくようにその唇を塞いだ。 「ん……ッ、んんッ」 きつく抱き締められ唇を奪われて、ロイはハボックに縋りつく。呼吸すらままならぬ激しいキスに、ロイの膝ががくりと頽てた。 「ロイ……ロイ……よかった……ッ」 「ハボック……」 くったりと力の抜けた細い体をハボックがきつく抱き締める。力強い腕に抱き締められてホッと息を吐き出すロイの頬をハボックの大きな手が撫でた。 「怪我ないっスか?」 「ああ、大丈夫だ」 「すんません、遅くなって」 「いや……来てくれると信じてたから」 ロイは言って見つめてくる空色を見つめ返す。その空色にそっと伸ばした指先をハボックの大きな手が握ってキスを落とした。 「ロイ」 「ハボック」 微笑んで見つめあった二人の唇が、ゆっくりと重なっていった。 「兄さまッ!」 ロイの後を追って屋敷に飛び込んだリザは、ロイに向かって振り下ろされる剣を見て悲鳴混じりの声を上げる。その剣がロイの短剣に弾き飛ばされ、ハボックによってローゲの背に深々と突き刺さるのを、リザは息を飲んで見つめていた。 「……ああ」 ローゲが息絶え、ロイがハボックの腕に抱き締められるのを見て、リザはがっくりと膝をつく。ロイの無事な姿に破裂しそうなほど激しく心臓が脈打つのを感じていたリザの前にティワズが手を差し出した。 「大丈夫ですか?」 「────ええ」 リザは差し出された手に己の手を重ねて立ち上がる。「ありがとう」と礼を言ってリザはキスを交わす二人の姿を見つめた。 「暫くはほっておくしかありませんよ」 「そのようですわね」 やれやれとうんざりしたように言ってその場を離れるティワズに、リザはクスリと笑うとその後を追って外へ出ていった。 |
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