続ハイムダール国物語  第五十三章


 大きく振りかぶった剣をローゲはハボックの頭上に思い切り振りおろす。ほんの少し掠ればいいと思った剣先は、だが簡単に跳ね返された。
「くそッ!往生際が悪いぞッ、王子ッ!」
 歯を剥き出して唸ればハボックが肩を竦める。
「何故オレがお前に切られてやらねばならない?往生際が悪いのはお前の方だろう」
「なんだとッ?」
 ハボックの言葉にローゲはムッと唇を歪める。ハボックは嘲るような笑みを浮かべて言った。
「マカイロドゥスも一発で倒せる程の毒だって?ほらを吹くのも大概にしろよ。どうしてお前が選ばれなかったと思うんだ?────お前の腕が大したことないからに決まってるだろう」
「な……ッ?!」
「選ばれなかったなら大人しく汚い穴蔵にこもってりゃいいものを、ロイをさらって自分を認めさせようだなんて往生際が悪いと言わずしてなんて言うんだ?」
「ッッ!!」
 クスクスと笑うハボックにローゲは返す言葉もなくブルブルと震える。怒りのあまり顔を真っ赤にし、ハアハアと息を荒げてローゲはハボックを睨んだ。
「いいだろう、今ここで思い知らせてやる。俺がどれだけ優秀か、よく見るといいッ!!」
 ローゲはそう怒鳴って手にした剣を床に叩きつける。懐から取り出したボール状のものをハボックに向けて突きつけた時、足音と共にティワズが二人の間に飛び込んできた。
「ティッ!」
「────何を言ったんです?若」
 外に出る前は毒を塗った剣を構えていたローゲがなにやら別のものを手にしているのを見て、ティワズは眉を顰める。何を言ったのかと問われて、ハボックは眉尻を下げて答えた。
「何をって……あの毒塗れの剣を捨てさせようと思ってさ。そしたらなにか変なもん出してきた」
「若」
 醜い顔を真っ赤にして怒りに震えているローゲの様を見れば、どうやらハボックが相手の怒りを誘って剣を捨てさせる事に成功したのは判る。だが、代わりにローゲが出してきたものが手放した毒塗れの剣より危ないものではないという保証はなかった。
「むしろもっと悪いもののような気がしてならないんですがね」
「あはは、やっぱりティもそう思う?」
 紅い目を細めて言うティワズにハボックが乾いた笑いを零す。ボソボソと小声で会話を交わす二人に、ローゲが苛々として言った。
「何をゴチャゴチャ言ってるッ?これがなんだか判っているのかッ?」
「さっぱり判りませんね。是非教えてもらいたいものです」
 喚くローゲにティワズが素直に返す。そうすればローゲがニヤリと笑って言った。
「知りたいか?知ればきっとお前らは今までの俺に対する非礼を地面に額をこすりつけて謝るだろうよ!」
「ゴチャゴチャ言ってないでさっさと言えよ、馬鹿」
「口を閉じていて下さい、若」
 是非教えてもらいたいと聞いて嬉しげに吠えるローゲにハボックがボソリと呟けば、ティワズが小声でピシャリと言う。ムゥと不機嫌に口を突き出すハボックの足を踏みつけて、ティワズはローゲを促した。
「ふふふ、これにはな、ガスが詰めてある。吸えばマカイロドゥスも即死ぬような毒ガスがな!」
「またマカイロドゥス?」
「前より悪くなったじゃないですか。どうするつもりです?」
 自慢げに言うローゲにハボックが呆れたように言いティワズがうんざりして呟く。今にも手にしたボールを床に叩きつけんばかりのローゲを、二人は身構えて睨みつけた。


「離せ、リザ!私も中に戻るッ!」
「いけません、兄さま!私たちは船に────」
「ハボックが中にいるんだッッ!!」
 船に乗ってこの場から離れようとするリザの手を振り払ってロイは叫ぶ。今までに見たことのない程激しく感情を爆発させるロイに、リザは鳶色の目を見開いた。
「兄さま……」
「あの男は危険だ。私は確かに足手纏いかもしれないが、それでもここにいたい。ハボックの側にいたいんだッ!」
 訳も判らず攫われて、それでもハボックがきっと来てくれると信じていた。どんなに大変なときも二人で乗り越えてきたのだ。今度もまた一緒に乗り越えていきたい。
「ハボックのいるところに私もいるんだ」
 きっぱりとそう言うロイの黒曜石の輝きにリザは返す言葉がない。何も言えずにいるリザの横をすり抜けてロイは屋敷へと駆け戻っていく。
「ごめんなさい、ティワズさま。私には止められませんでしたわ」
 互いに想いあう二人の姿を見れば言葉など出てこない。ほんの少し淋しげな笑みを浮かべたリザは、ロイの後を追って走っていった。



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