続ハイムダール国物語  第五十二章


 襲いかかってきたローゲの剣をハボックは己の剣で受け止める。剣と剣がぶつかり合った瞬間、飛び散る滴にハボックは目を見開いた。
「なんだ?!」
 剣を弾くようにしてハボックは本能的に距離を取る。そんなハボックとニタリと笑うローゲを見て、ロイを背後に庇ったティワズが叫んだ。
「気をつけて、若!剣に何か仕込んでいるかもしれません!」
「ッ?!」
 ティワズの言葉にハボックは目を瞠る。ローゲは切っ先を下に向けて剣につけたものを誇示するようにして言った。
「マカイロドゥスも瞬時に殺せる程の毒だ。ほんの少し掠っただけでもあの世行きだぞ」
 クスクスとローゲはいかにも楽しげに笑う。そうと聞けば迂闊には踏み込めないハボックにローゲはゆっくりと近づいてきた。
「ティ、ロイを外へ。船に乗ってここを離れろ」
「────判りました、若」
「ッ?!」
 ハボックが言うのを聞いたティワズが半瞬おいて頷き、ロイが大きく目を見開く。グイとティワズに肩を押されて、ロイはその手を振り払って叫んだ。
「嫌だッ!ここを出る時は一緒だッ!」
 ハボックを置いて逃げるなんて出来るわけがない。自分もここに残ると声を張り上げるロイを見て、ティワズは素早くレイヴに目配せした。
「駄目です、ロイ様」
 ティワズはそう言うなりレイヴと二人でロイを両脇から抱え込むと、引きずるようにして外へと連れ出した。
「嫌だッ、ハボックッ!ハボックッ!!」
 無理矢理連れ出されるロイの悲痛な叫び声を聞いて、ローゲはハボックを見る。無表情で剣を構える王子を嘲るように言った。
「いいのか?どうせ死ぬなら一緒の方がいいだろう?」
「オレもロイも死んだりしない」
 すぐさまきっぱりと答えるハボックにローゲはゲラゲラと笑い出す。毒を塗った剣をハボックに見せつけるように掲げて言った。
「判っているのか?別に深々と突き刺す必要はない、ほんの一ミリ掠っただけでお前は死ぬんだ。お前の剣が俺に届くより先にお前は俺様の毒で死ぬんだよ」
 ローゲは掲げた剣を自分の体の前で振り回しながらハボックに近づいていく。振り回される剣が当たらぬよう後ずさるハボックにローゲは言った。
「ロイ王子もお前も逃げてばかりだなぁ。王家の人間など存外大したことない」
 呆れたように言ってもハボックは答えない。黙ったまま見つめてくる硬質な光をたたえた空色を見返してローゲは言った。
「いや、王家の人間がどうこう言うより俺が優秀なだけなんだ。それを判りもしないで俺より他の奴を選ぶなんて────カウィル王家は本当に大馬鹿者だッ!!」
 ローゲは大声で叫ぶと同時に剣を振りかざしてハボックに飛びかかった。


「兄さまッ!」
 ハボック達を追って屋敷に入ろうとしたリザは、ティワズとレイヴに両脇を抱えられるようにして連れ出されてきたロイの姿を見て声を上げる。急いで駆け寄りその無事な様子にホッと安堵の息を漏らした。
「良かった、無事で!」
 そう言うリザをロイの黒曜石がキッと睨む。
「良くないッ、ハボックがあの男とまだ中に!」
 ロイは叫んで両脇から己を掴む二人の手を乱暴に振り解いた。
「ティワズ!どうしてッ?!」
 怒りの焔をその黒曜石に燃え上がらせるロイをティワズは冷ややかに見つめる。
「貴方があそこにいては若は思うように戦えないからです。今の貴方は足手纏いだ」
「ッ!!」
 遠慮の欠片もなくきっぱりと言い切る紅い瞳にロイは息を飲んだ。返す言葉もなく立ち竦むロイに構わず、ティワズはリザを見る。
「ロイ様と先に船でここを離れて下さい。私は若のところへ戻ります」
「────判りました、どうぞご無事で」
 ティワズの言葉に一瞬目を見開いたものの、しっかりと頷くリザに笑みを返すとティワズは身を翻した。不本意ながら一人残してしまった主のもとへと一直線に走る。
「若っ、私が行くまで無茶をしないでッ」
 そう呟いてティワズは屋敷へと飛び込んでいった。



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