| 続ハイムダール国物語 第五十章 |
| 「誰だッ!誰がこんなものを竈に放り込んだッッ!!どこの鼠が入り込んだァッッ!!」 大声で喚く男の声が響き渡ってレイヴは眉を顰める。ガシャンッ、ガラガラッと鍋釜が転がる大きな音と強烈な臭いに続いて聞こえた声に、レイヴはハッとして声のする方を振り向いた。 「くそォォッッ!!こうなったらロイ王子の息の根をとめてやるッッ!!この薬を頭からぶちまけて、苦しませて苦しませて殺してやるッッ!!」 (まずい……っ) ハボック達にこの場所を知らせるため竈に放り込んだ薬草の匂いに激情した犯人が、その怒りをロイへ向けようとしている。あの鍋で煮込まれていた毒薬がポーチを溶かした様を思いだして、レイヴはゾッと身を震わせた。 (あれをロイ様にかけられたりしたら……ッ) ジュッと煙を上げてポーチを溶かした。一滴でも肌に垂れればその痕はどれほどに醜いものとなるか、大量にかかれば命をも奪うだろう。 (あの男より先にロイ様を見つけなければッ) レイヴは神経を張り巡らせながら手近の部屋の扉を開ける。 「ロイ様っ?」 潜めた声で呼びかけ部屋の中を見回したが、何の 「ここか……ククッ、鼠のように屋根裏に隠れていたか。ロイ王子ィ、聞こえるか……?今からそこに上がっていくぞ」 クツクツと笑いながら言う男の声がする方へレイヴは一目散に廊下を駆けた。 「この薬を頭からぶちまけて、苦しませて苦しませて殺してやるッッ!!」 怒りと憎しみがこもった怒鳴り声にロイは大きく身を震わせる。男が持っている薬というのが何なのかは判らなかったが、その薬をかけられたなら酷い苦しみの果てに死が待っている事だけは十分に判った。 (ここにいては駄目だ、例え見つかってもここから出なくては!) こんなところで薬をぶちまけられたら逃げ場がない。隠れていた場所から立ち上がったロイは、短剣を握り締めて下に降りる梯子へと駆け寄った。 「ハボック様っ、あそこ!」 目を皿のようにして辺りの様子を伺っていれば、不意にリフが声を上げる。ハッと振り向いたハボックはリフが指さす先に黒々と上がる煙の筋を見た。 「レイヴの目印です!」 「ティ!」 「判ってますっ」 ハボックが言うより早くティワズは煙が上る先に向かう流れへと船を向ける。何とかギリギリ支流への入口を行き過ぎてしまう前に流れに船を入れてホッとする間もなく、ティワズは船を先へと進めた。 「もっと早く進めないのっ?」 本流より遅い流れにハボックが苛々と言う。言われずとも一刻も早くとティワズが船を操る甲斐あって、少しすると船は小さな池へと辿り着いた。 「船があります、二隻!」 リフが言うのと同時に船に乗る他の面々も船着き場に小さな船が二隻繋いであることに気づく。船を岸に寄せながらティワズは船縁に足をかける主人に眉を寄せた。 「池に飛び込まないでくださいよ、若!」 「判ってるよ!」 今にも飛び出してしまいそうなハボックの様子に思わずそう声を張り上げれば、流石に当然とも言える答えが返ってくる。それでも焦れたハボックが池に飛び込んだりしてしまわないよう、ティワズは器用に船を操って船着き場に寄せた。 「先に行く」 ハボックは短くそう言うとリザが舫い綱を手に船着き場に飛び移るのを待たずに船縁を蹴った。 「若っ!────まったくもう!リフ、船を頼む!」 「はいっ」 岸に足が着くと同時に走り出す主人を追って、ティワズも船から飛び移る。あっという間に岸辺に建つ屋敷に向かって走っていってしまった二人にすっかりと出遅れて、リザは鳶色の瞳を丸くした。 「なんて人たち」 自分も王族、特に女性王族としてはあまり褒められたものでない自覚はあるが、あの若い王子は更にそれを上回るようだ。だが、それは決して不快なものではなく、リザは笑みを浮かべる。 「私も行くわ。リフ、後をお願い」 「はい、お気をつけて、リザ様」 頷くリフに舫い綱を渡して、リザは岸に飛び移ると二人を追って屋敷に向かって走っていった。 |
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