| 続ハイムダール国物語 第四十九章 |
| ティワズが操る船の船縁に手をかけて、ハボックは身を乗り出すようにして辺りを見回す。何か手がかりになるものはないだろうかと川岸の木々を目を凝らして見つめたが、それらしいものはなにも見えなかった。 「くそ……ッ、一体どこに……ッ」 必死に探しはしているが、もしかしたら見逃してしまったのではないだろうか。ふとそんなことが頭に浮かべばそうとしか思えなくなってくる。ハボックは船を操るティワズを振り向いて言った。 「ねぇ、ティッ、もう随分来てる。もしかしたらレイヴのサイン、見逃したかもッ」 「若」 「岸に着けてくれッ!戻って確かめてくるッ!ティ、早く岸に────」 「若ッ」 立ち上がり船を岸に寄せろと大声を張り上げる主人をティワズは厳しい声で呼ぶ。そうすれば空色の目を見開いて見つめてくるハボックを見つめ返して、ティワズは言った。 「落ち着きなさい。焦れば見えるものも見えなくなります。リザ様とリフと私、それに若。四人で四方を見ているのです。見落とすはずがありません」 「……ティは舵を執ってるじゃん」 「船の操作など目を瞑っていても出来ます」 肩を竦めてティワズは答える。紅い瞳にじっと見つめられれば不思議と気持ちが落ち着いて、ハボックは目を閉じると数回深呼吸を繰り返した。 「ごめん、恥ずかしいところを見せた」 ほんの少し顔を赤らめて言う若い王子にリザは笑みを浮かべる。 「いいえ、私も同じ気持ちになりかけてました。ハボック様が先に仰られなければ私がティワズ様に船を岸に寄せてくれと訴えてましたわ」 「リザ」 言って見つめてくる鳶色をハボックは恥ずかしそうに呼ぶと「うん」と頷いた。 「レイヴのサインを探そう。絶対に見落とさないように」 「ええ、ハボック様」 「絶対に見落としたりなんてしませんから!」 ハボックの言葉にリザとリフも頷く。そうしてハボック達は残されたサインを探して目を凝らして辺りを見つめた。 ロイは狭い上がり口からそっと下の様子を伺う。喚きながら家の中を歩き回る足音は今は少し離れているように聞こえて、ロイはそっと梯子に足をかけた。息を潜めてゆっくりと降りようとする。だが、その時、ドカドカと荒い足音が近づいてきて、ロイは慌てて梯子にかけていた足を引き上げた。 「なんだ、この匂いはッ!なんなんだッ!」 そう喚く声がして荒い足音が通り過ぎていく。全身の神経を張り詰めて様子を伺うロイの耳に男が喚き散らす声が聞こえた。 「誰だッ!誰がこんなものを竈に放り込んだッッ!!どこの鼠が入り込んだァッッ!!」 大声で喚く声に続いてガシャンッ、ガラガラッと鍋釜が転がる音がする。それに続いてここにいてさえ強烈な臭いが漂ってきた。 (あの男以外に誰かいるのか……?ハボックじゃ……?) 微かな希望を抱いてロイは思う。だがもしハボックが来ているならあんな男は叩きのめして、すぐにも助け出してくれるに違いなく、そうであれば来ているとしてもそれはハボックではないと思われた。 (なにがあったんだろう。今降りて大丈夫なんだろうか) 普段なら何かあったときにロイが判断に迷うことは殆どないに等しい。だが、久しぶりに帰郷した母国でさらわれた上に身に覚えのない怨みをぶつけられたショックで、流石のロイも思考能力がすっかりと鈍ってしまっていた。 (どうする?早く……早くしないと) 機を逸してしまっては逃げられなくなってしまう。悩んだ末やはり降りようと意を決したロイが再び梯子に足をかけた時。 「くそォォッッ!!こうなったらロイ王子の息の根をとめてやるッッ!!この薬を頭からぶちまけて、苦しませて苦しませて殺してやるッッ!!」 気狂いのような笑い声を上げて喚く声にロイはゾッと身を震わせて梯子にかけた足を引き上げる。結局逃げるタイミングを逸して、ロイは恐怖に喉を締め付けられるように感じながら身を潜めるしかなかった。 |
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