続ハイムダール国物語  第四十八章


 屋敷に沿って歩いていたレイヴは立ち止まるとすぐ側の窓を見上げる。手を伸ばしてグイと引けば僅かな抵抗の後開いた窓に手をかけて、レイヴは己の体をグッと引き上げた。ぎりぎり体が入る隙間からねじ込むようにして中に入ると、レイヴは腰を落として辺りを見回す。入った部屋は書斎のようだったがもう長いこと使われた形跡はなく、幾つかある家具には埃よけの白い布がかけてあった。
 レイヴは足を忍ばせて部屋の扉に近づく。音をたてないようそっと扉を押し開けたレイヴは扉の隙間から外を伺った。
(ロイ様はどこだ?犯人は?)
 そう考えながら視線を巡らせたレイヴの耳に耳障りな喚き声が聞こえる。ドカドカと近づいてくる足音にレイヴは扉を閉めると急いで布が被せられた家具の後ろに身を潜めた。
「ロイ王子ィ、聞こえてるんだろうッ?折角二人の愛の巣に着いたというのにどうして隠れるゥ?そうか、俺を焦らして楽しんでいるのか……悪い子だなぁ」
 耳障りな声を上げながら足音が部屋の前を通り過ぎていく。その声からある程度の状況を察して、レイヴは眉を寄せた。
(ロイ様は何とか逃げておられるのか……、二人の愛の巣と言っていたな……と言うことは犯人は一人なのか?)
 てっきり他に仲間がいるのだと思っていた。ロイを攫ったのはハイムダールとの同盟に亀裂を生じさせようとする政治的な混乱を狙った者の仕業だと考えていたのだが。
(私怨?ロイ様自身か、もしくはカウィル王家に怨みがある者の仕業なのか?)
 ヒヒヒと嫌な笑い声が聞こえてレイヴはゾッと身を震わせる。
(絶対にコイツをロイ様のところへ行かせる訳にはいかない。リザ様達を待っている時間はない)
 残した印を辿ってリザ達がすぐ側まで追ってきてくれている確信はある。だが、その到着を待ってから行動を起こしたのではロイの身に危険が及ぶ可能性が高すぎた。
(くそ……ッ、どうする?)
 足音が聞こえなくなるのを待ってレイヴはもう一度部屋の扉に近づく。そっと扉を開けて外の様子を伺うと部屋を出たレイヴは足音が消えた方向とは反対方向へ歩いていった。


「ロイ王子ィ」
「────ッ」
 低く毒を滲ませた声にロイはビクリと体を震わせる。廊下を歩き回る足音がいつここに上る梯子にかかるかと思えば、正直恐ろしくて堪らなかった。
(ここに隠れたままでいいのか……?)
 見つかればあっという間に追いつめられてしまうだろう。すぐに命を奪われる事はないだろうが、逆に言えばそれは恐ろしいまでの苦痛が待っているかもしれないと言う事だった。
(ここにいては駄目だ、外に出ないと……。そうしたらすぐハボックが来てくれる筈だ)
 攫われた自分を追ってハボック達がもうすぐそこまで来ているとロイは信じて疑わなかった。
(大丈夫、私にはこれがある)
 ロイは短剣をギュッと握り締めると身を潜めていた場所から立ち上がり、足音を忍ばせて梯子へと近づいていった。


 辺りに注意を払いながら廊下を進んでいったレイヴは強くなる臭いに顔を顰める。少しでも嫌な臭いを吸い込まないよう口元を袖で覆ったレイヴはその臭いの元を追って入った台所の中を見回した。
(ここは……さっき外から見えたところか)
 外からでも相当な臭いだったが、側に立てば息が詰まりそうな程だ。臭いの元になっている鍋に近づくと、レイヴは入れたままになっている柄杓でどろどろとした液体を掬った。腰につけていた革製のポーチを外して掬った液体をかけてみる。液体が革に落ちた途端ジュッと音を立てて革を溶かしたのを見て、レイヴは目を瞠った。
「これは……」
 もしこれが肌に触れたらどうなるのだろう。ロイを攫ったのが私怨であるなら犯人がロイを傷つけるためにこれを作ったと考えるのが当然と思えた。
「早くロイ様を見つけなければ……ッ」
 なにが何でも犯人より早くロイを見つけなければ、命を奪われるより酷い厄災がロイの身に降り懸かりかねない。レイヴは手にした柄杓を鍋に放り込むと台所を出ようとする。だが、その前にポーチの中から小さな包みを取り出して鍋がかかった竈に近づいた。そうして包みごと竈の中に放り込む。そうすれば中の薬草が包みごと燃えて黒い煙が立ち上った。
「よし、これでリザ様達が来てくださる」
 上る煙を目印にここに辿り着いた自分だが、この煙ならもっとはっきりとリザ達に伝わる筈だ。
「後は奴より先にロイ様を見つければッ」
 レイヴはグッと手を握り締めるとロイを探し出す為に足早に台所を出た。



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