続ハイムダール国物語  第四十六章


「行き止まり……玄関は向こうか」
 さほど広くはない屋敷の中、外への扉を探して進めば行く手を塞ぐ壁にロイは呻く。己の勘の悪さに歯軋りして戻ろうとしたロイは、聞こえた怒声にビクリ体を震わせた。
「見つかった……」
 ぱっと見ただけでは判らないよう、ブランケットの中に枕を突っ込んできた。さして目眩ましにもならないそれはかえって男の怒りを煽る役にしかたたなかったようで、怒鳴り散らす恐ろしい声にロイはゾッと震えて辺りを見回した。
「隠れないと」
 隙をみて外に逃げ出したくはあるがとりあえずは身を隠すのが先決だろう。ロイは柱の陰に細い梯子状の階段があることに気づいて、近くに歩み寄りその続く先を見上げた。
「二階があるのか……?」
 それにしてはちゃちな階段だ。もしかしたら二階と言うよりは屋根裏部屋なのかもしれない。
「どうする?」
 喚く声が段々と近づいてくる。この梯子を上るにせよ近くの部屋に隠れるにせよ、もう一刻の猶予もなかった。
「ええい、ままよ……っ」
 ロイは梯子の手摺りに手をかけると足音を忍ばせて上に上がる。狭い上がり口に手を乗せると体を引き上げ素早く身を隠した。薄暗いそこはやはり二階と言うよりは屋根裏の物置スペースのようだ。隙間から差し込む光に幾つもの箱や袋がぼんやりと見て取れて、ロイはそろそろとその間を縫って奥へと進むと袋を引っ張り寄せてその陰に身を潜めた。
「どうしよう……」
 迫る足音に追い立てられて思わずここに上ってしまった事をロイはすぐさま後悔する。もしあの男がここに上がってきたら忽ち追い詰められてしまうと思われた。
「ハボック……っ」
 ロイは短剣を胸に引き寄せギュッと握り締めた。


「くそッ!いつの間にッッ!!」
 そろそろロイの目が覚める時分と部屋を覗きに来ればロイはとっくに目覚めた後で、ブランケットの中に人が潜り込んでいるかのように枕が突っ込んであった。考えていたより早いロイの目覚めは薬を投与する量を見誤ったからだったが、ローゲはそんなはずはないと、むしろ目覚めてしまったロイが悪いとロイへの憎悪を更に募らせていた。
「どこへ行ったッ?────まさか外へ?」
 寝室を飛び出しドカドカと靴音も荒く廊下を歩いていたローゲは、浮かんだ考えに足を止める。踵を返して玄関に向かうと、扉を開けようとして手を止めた。
「閉まってる……」
 先程寝室の扉は鍵が馬鹿になっていて鍵としての用を成さなくなっていたが、玄関の鍵はしっかりとかかっている。そうであればロイは外へは逃げていないと、ローゲは醜い顔に笑みを浮かべた。
「ふふ……どこに隠れようと無駄だぞ!ロイ王子ィ!」
 ローゲはわざと大声を張り上げて言う。ゆっくりと屋敷の中へと引き返しながら喚いた。
「隠れたところでどうせすぐ見つかるんだ!見つけたらそうだなぁ……まずはその綺麗な顔を撫でてやろう。すべすべの肌も触り納めだろうからな……ククク」
 浮かんだ考えにローゲは楽しげに笑う。台所に戻るとさっきまで掻き混ぜていた鍋に杓子を突っ込みどろどろとした液体を掬うと瓶に詰めた。
「これはウルシとマムシグサの根を煎じたものだ。皮膚に触れると強烈な皮膚炎を起こす……ブクブクと水泡が出来て肌が爛れて……これをお前に振りかけてやる、ロイ王子ィッ!」
 ゲタゲタと笑いながらローゲは怒鳴る。恐ろしい薬を詰めた瓶を手に台所を出ると辺りを見回した。
「隠れても無駄ダァ!どうせすぐ見つける……そうだな、今の内にその滑らかな肌を味わっておくがいいさァ!」
 ローゲは言いながらゆっくりと歩いていく。一番近くの部屋の扉をバンッと勢いよく開けて、ローゲは部屋の中に入った。
「ここに隠れてるのかなァ?ここか?────こっちかァ!」
 ローゲは大声で怒鳴って、乱暴に戸棚を開ける。中に古い衣服が下がっているだけなのを見て、フンと鼻を鳴らして叩きつけるように扉を閉めた。部屋の中にもロイの姿がないのを確認して廊下に出る。シンと息を潜めるように静まり返った屋敷の中、ローゲは瓶を握り締めて愛しげにロイを呼んだ。
「ロイ王子ィ、愛の時間を過ごそうと約束したろう?俺ならあのハボックとかいう王子より、ずっとずっと可愛がってやるぜェ」
 ローゲは笑いながらロイを呼んでは一つ一つ部屋を改めていく。醜い顔を興奮に染めて、ローゲはロイを探して屋敷の中を歩いていった。


→ 第四十七章
第四十五章 ←